"旅行記"の記事一覧

2026岡山旅行記1日目その25~小早川秀秋は当初から徳川方だった~

14時58分、岡山城3階にて、それぞれの関ヶ原というテーマの内、宇喜多直家・秀家の説明、ないし、生涯を見ていた。 そのつぎが、それぞれの関ヶ原小早川秀秋、両軍の命運を握る、である。 近時は関ケ原の戦いにおいて小早川秀秋が西軍から東軍に寝返ったことが東軍勝利の最大の要因と聞いてことがある。 どうなんだろうか。 小早川秀…
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2026岡山旅行記1日目その24~母恋しさに母の絵を撫でていると・・・~

14時51分、岡山城3階に降りてきた。 3階のテーマは、それぞれの関ヶ原、である。 関ヶ原の戦いではその後の城主も含めて3名の大名が重要な役割を果たした。 西軍の中心である宇喜多秀家、戦いの鍵を握った小早川秀秋、東軍の後の飛躍につながった池田輝政である。 3階の平面図である。 最初に関ヶ原の合戦シアターを見た。 …
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2026岡山旅行記1日目その23~豊臣ファミリーとして活躍~

14時47分、岡山城4階は、岡山戦国の表舞台へ~宇喜多直家と秀家~、をテーマにしていて、色々な展示を見ていた。 宇喜多家の家来たち~ご先祖様を探してみよう~、である。 もっとも、私の父は姫路で、母が大分だから、探しもしなかったのである。 宇喜多秀家と豊臣秀吉、である。 宇喜多秀家は父である直家の死により10歳にも…
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2026岡山旅行記1日目その22~これだけ城があったというのも信じられない~

14時44分、岡山城の4階に降りてきた。 4階は、岡山戦国の表舞台へ~宇喜多直家と秀家~をテーマにしている。 岡山開府の祖宇喜多直家、岡山ここに始まる、である。 直家は、なぜ岡山を選んだのかについては、これから栄える条件をもった土地、敵対する西の備中やその背後にいる毛利氏に対抗するため、山城を築く戦い方が部屋に城を築く戦い…
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2026岡山旅行記1日目その21~6階の華頭窓から景色を見る~

14時36分、岡山城の最上階である6階に来て、窓の外の風景を見ていた。 こちらは東側の風景である。下に見えるのは旭川である。 奥に見えるのは後楽園である。 岡山城の最上階は、浜松城(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/519554275.html)等と異なり、外に出ることはできない。…
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