2026岡山旅行記2日目その3~珈琲店エル・グレコの名前の由来はもちろん・・・~
11時52分、倉敷の美観地区の大通りから入ってすぐの場所を歩いていた。

戦国武将の鎧や日本刀が飾られていたが、倉敷デニムのお店のようだ。

お土産屋さんも多いが、観光客が多い。
外国人観光客も多い。
しかも、中国人だけではなく東南アジア系も多い。

こちらは倉敷物語館である。
江戸時代中期に建築された格式ある旧東大橋家を回収した文化観光施設である。
入ろうかとなったが、まずは先を急いだ。

こちらはお茶屋さんであるが、カレーパンも店先で売っている。
だからといって、買い食いをする気にはなれない。

廣榮堂本店である。
あれっ、何か聞いたこと・いや、見たことがあるな、と思い、親しい友人に聞くと「きびだんごで有名なお店で、あなた、後楽園で買わなかった?」と聞かれ、後楽園で当店限定のきびだんごを買ったこと()、を思い出した。

川が見えた。倉敷川という。

川辺を見ると鳩と白い鳥が見えた。

奥にも白い鳥がいてるのが見えた。

右手側にはエル・グレコという倉敷名物の珈琲店があった。
それにしても、緑に包まれている。
39年くらい前に訪れたときはこんなに緑に包まれていたか覚えていない。
このエル・グレコの建物は、1925年(大正14年)に大原美術館の設立者である大原孫三郎が大原家、原家の小作農地の管理・経営のために会社を設立し、その事務所として建てられたものである
1959年(昭和34年)にその会社を二社に分離して移転した。
エル・グレコの先代の経営者が大原総一郎(大原孫三郎の長男)の勧めを受けてその事務所を喫茶店に改装したことによる。
店名の由来は、大原美術館に蛾かエル・グレコの「受胎告知」が展示されていることによる。

そのエル・グレコの隣が大原美術館である。

中に入ってみた。

先を進んだ。

ここで左手を少し進むと古代ギリシャ・ローマ神殿風の外観である本館が見えた。
大原美術館は1930年(昭和5年)に開館した日本初の西洋美術を就寝とした私立美術館である。

美術館には入らずに右手を見てみた。
こちらも美術館の一部のようだ。

蔵がある。その蔵も美術館の一部のようだ。

奥に見える建物は倉敷国際ホテルである。
美術館には入場せずに先を進むことにした。

おおっと、その前に記念写真を撮って貰った。

前の橋を渡ることにした。

橋の真ん中から南東方向を見た。
左手の方が観光客が多い。
橋を越えた所に旧大原家住宅がある。

こちらを見学することにした。
江戸時代後期から地主、商人として活躍し、明治時代以降、倉敷紡績の社長を務めた大原家の住宅である。
また、国の重要文化財に指定されている。

入場料500円を支払い、パンフレットを受け取った。

のみならず、チラシも受け取った。

中に入ろうとするとこのような歓迎の言葉が書かれたのれんが掛かっていたのである。
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戦国武将の鎧や日本刀が飾られていたが、倉敷デニムのお店のようだ。
お土産屋さんも多いが、観光客が多い。
外国人観光客も多い。
しかも、中国人だけではなく東南アジア系も多い。
こちらは倉敷物語館である。
江戸時代中期に建築された格式ある旧東大橋家を回収した文化観光施設である。
入ろうかとなったが、まずは先を急いだ。
こちらはお茶屋さんであるが、カレーパンも店先で売っている。
だからといって、買い食いをする気にはなれない。
廣榮堂本店である。
あれっ、何か聞いたこと・いや、見たことがあるな、と思い、親しい友人に聞くと「きびだんごで有名なお店で、あなた、後楽園で買わなかった?」と聞かれ、後楽園で当店限定のきびだんごを買ったこと()、を思い出した。
川が見えた。倉敷川という。
川辺を見ると鳩と白い鳥が見えた。
奥にも白い鳥がいてるのが見えた。
右手側にはエル・グレコという倉敷名物の珈琲店があった。
それにしても、緑に包まれている。
39年くらい前に訪れたときはこんなに緑に包まれていたか覚えていない。
このエル・グレコの建物は、1925年(大正14年)に大原美術館の設立者である大原孫三郎が大原家、原家の小作農地の管理・経営のために会社を設立し、その事務所として建てられたものである
1959年(昭和34年)にその会社を二社に分離して移転した。
エル・グレコの先代の経営者が大原総一郎(大原孫三郎の長男)の勧めを受けてその事務所を喫茶店に改装したことによる。
店名の由来は、大原美術館に蛾かエル・グレコの「受胎告知」が展示されていることによる。
そのエル・グレコの隣が大原美術館である。
中に入ってみた。
先を進んだ。
ここで左手を少し進むと古代ギリシャ・ローマ神殿風の外観である本館が見えた。
大原美術館は1930年(昭和5年)に開館した日本初の西洋美術を就寝とした私立美術館である。
美術館には入らずに右手を見てみた。
こちらも美術館の一部のようだ。
蔵がある。その蔵も美術館の一部のようだ。
奥に見える建物は倉敷国際ホテルである。
美術館には入場せずに先を進むことにした。
おおっと、その前に記念写真を撮って貰った。
前の橋を渡ることにした。
橋の真ん中から南東方向を見た。
左手の方が観光客が多い。
橋を越えた所に旧大原家住宅がある。
こちらを見学することにした。
江戸時代後期から地主、商人として活躍し、明治時代以降、倉敷紡績の社長を務めた大原家の住宅である。
また、国の重要文化財に指定されている。
入場料500円を支払い、パンフレットを受け取った。
のみならず、チラシも受け取った。
中に入ろうとするとこのような歓迎の言葉が書かれたのれんが掛かっていたのである。
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この記事へのコメント
ふむふむ。
「大原」関係は美術館だけでは無かったのですね。
ワタクシの倉敷訪問は修学旅行だけです。
見学コースに大原美術館が入っていたのに、
当日にゾロゾロと行ってみたら休館日。
ギャグのような展開でした。アフォな学校です。。
スケジュール組んだ先生は他の先生から仕事できない奴という認定されたでしょうね。
いや、生徒からも。