2026岡山旅行記1日目その31~色々と体験をする~
15時16分、岡山城1階の体験・記念撮影コーナー体感戦国絵巻にきていた。

刀が持てる場所に移動した。
刀の重さは平均1kgとのことだ。

持ってみると意外と思い。
大学時代の法学の講義で、担当教授が第二次世界大戦での出兵経験(学徒出陣?)があり、刀は意外と重く、振り下ろす際も気を付けないと自分の足を切ることもある(その重さで勢い良く下に向かうため)、と言っていたことを思い出した。
ああ、それと理由なく上官に毎日殴られていたことも言っていたな。
その教授が京都大学生ないし京都大学出身だから上官が嫉妬して殴っていたのかなとも思った。
そういうご自身の戦争体験の話は法学の話と一見無関係に見えるのだが、そうではなく、明治憲法に徴兵制があったから戦争にも行ったということだ。
だから、何気ない法律の条文一行で変わってくるから、法律の条文は大切である、ということを伝えたかったのだ。

その隣には火縄銃が置いてあった。

鉄砲を撃つ穴は石垣の上にある。
通常は土塀についており、石垣についているのは珍しいとのこと。
また、重さは約1.8kgある。
両手で持ったとはいえ、刀よりも重かった。

さらに、その隣には馬上筒というのがあった。

馬上筒とは馬上で片手にて使用していた銃である。
銃身が短いため、射程距離は約20~30m前後しかなく敵に命中させるのは至難の業とのこと。

火縄銃は岡山城で所蔵している堺で作られたものと同じ長さと重さで、短筒は岡山市に寄託されている木下家のものとほぼ同じ長さと重さとのことである。

実際に持ってみると扱いは難しそうだった。

望楼型天守と層塔型天守の説明書きである。
望楼型は上が下とは違う作りの物見台(望楼)になっているのが特徴で層塔型は第一層から同じ形の建物を規則的に小さくしながら上に積み上げられているのが特徴とのこと。
左に図が示されている。

また近くに積み木のような模型が展示されていた。
こちらが望楼型天守である。

これに対し、こちらが層塔型天守である。

武将と背比べしてみようぞ、である。
戦国時代から江戸時代初期の一般男性の平均身長が155cmで、現在の日本人女性の平均よりも低かったとのことだ。

私は185cmあるのでこんな感じだ(大嘘、本当は170cmちょっと)。

駕籠に乗って大名気分である。
身分によって種類が決められていたとのこと。確か、どこかでそう書いてあった気がするが、どこか思い出せない。どこかの商家に行った時だったかな。

こちらがその駕籠である。

遠慮なく、乗ってみた。

「余は退屈じゃのう」という感じか。

中はこんな感じだ。

こちらはトイレというか、おまるである。
さすがに、乗ることコンプラに反するか。

左が岡山城の展示を監修している岡山市出身の歴史学者である磯田道史氏の岡山城の書?であり、右が山口馬木也氏の岡山城の書?である。
山口馬木也って、誰だと思ったのである。
行政書士中村裕司法務事務所HP
ブログランキングに参加しています。
Facebookのいいねを押すよりも
こちらをワンクリックしてくだされば励みになります。
↓

にほんブログ村
刀が持てる場所に移動した。
刀の重さは平均1kgとのことだ。
持ってみると意外と思い。
大学時代の法学の講義で、担当教授が第二次世界大戦での出兵経験(学徒出陣?)があり、刀は意外と重く、振り下ろす際も気を付けないと自分の足を切ることもある(その重さで勢い良く下に向かうため)、と言っていたことを思い出した。
ああ、それと理由なく上官に毎日殴られていたことも言っていたな。
その教授が京都大学生ないし京都大学出身だから上官が嫉妬して殴っていたのかなとも思った。
そういうご自身の戦争体験の話は法学の話と一見無関係に見えるのだが、そうではなく、明治憲法に徴兵制があったから戦争にも行ったということだ。
だから、何気ない法律の条文一行で変わってくるから、法律の条文は大切である、ということを伝えたかったのだ。
その隣には火縄銃が置いてあった。
鉄砲を撃つ穴は石垣の上にある。
通常は土塀についており、石垣についているのは珍しいとのこと。
また、重さは約1.8kgある。
両手で持ったとはいえ、刀よりも重かった。
さらに、その隣には馬上筒というのがあった。
馬上筒とは馬上で片手にて使用していた銃である。
銃身が短いため、射程距離は約20~30m前後しかなく敵に命中させるのは至難の業とのこと。
火縄銃は岡山城で所蔵している堺で作られたものと同じ長さと重さで、短筒は岡山市に寄託されている木下家のものとほぼ同じ長さと重さとのことである。
実際に持ってみると扱いは難しそうだった。
望楼型天守と層塔型天守の説明書きである。
望楼型は上が下とは違う作りの物見台(望楼)になっているのが特徴で層塔型は第一層から同じ形の建物を規則的に小さくしながら上に積み上げられているのが特徴とのこと。
左に図が示されている。
また近くに積み木のような模型が展示されていた。
こちらが望楼型天守である。
これに対し、こちらが層塔型天守である。
武将と背比べしてみようぞ、である。
戦国時代から江戸時代初期の一般男性の平均身長が155cmで、現在の日本人女性の平均よりも低かったとのことだ。
私は185cmあるのでこんな感じだ(大嘘、本当は170cmちょっと)。
駕籠に乗って大名気分である。
身分によって種類が決められていたとのこと。確か、どこかでそう書いてあった気がするが、どこか思い出せない。どこかの商家に行った時だったかな。
こちらがその駕籠である。
遠慮なく、乗ってみた。
「余は退屈じゃのう」という感じか。
中はこんな感じだ。
こちらはトイレというか、おまるである。
さすがに、乗ることコンプラに反するか。
左が岡山城の展示を監修している岡山市出身の歴史学者である磯田道史氏の岡山城の書?であり、右が山口馬木也氏の岡山城の書?である。
山口馬木也って、誰だと思ったのである。
行政書士中村裕司法務事務所HP
ブログランキングに参加しています。
Facebookのいいねを押すよりも
こちらをワンクリックしてくだされば励みになります。
↓
にほんブログ村
この記事へのコメント