2026岡山旅行記1日目その29~1879年に初めて城内に一般の人々が入った~
15時10分、岡山城2階は、池田光政・綱政~江戸時代の岡山~、をテーマにしている。
その中で、幕末・維新と岡山藩を見ていた。
この頃の主な出来事は、1853年にペリーが浦賀に来航や1867年に大政奉還、そして、1868年明治維新である。
世界的には1863年にリンカーンの奴隷解放宣言が行われている。
そのペリー来航の翌年である1854年に日米和親条約が結ばれると岡山藩は安房(千葉県南部)、上総(千葉県中部)、そして、摂海(大阪湾)の警備を幕府から命じられた。
池田茂政が藩主になった1863年以降は児島湾の小串など領内に砲台を建設して海岸警備に努めたとのこと。
また、土佐藩等から大政奉還の意見が出され、岡山藩もこれに同調した。
戊辰戦争では新政府軍の先鋒として農民兵により遊奇隊などを派遣し、函館での勝利に貢献をした。
もっとも、徳川慶喜を実兄に持つ藩主の池田茂政は引退して、池田光政の血を引く池田章政を藩主として迎えた。
また、1879年に岡山城で民立博覧会が行われ、初めて城内に一般の人が入ることが許された。
こちらはその岡山城内博覧会図である。
岡山城の御殿や表書院の建物を利用して初めて民立博覧会が開かれた際の様子を描いたものである。
展示物が出てきた。
展示監修は磯田‘sEyeですっかりおなじみの岡山市出身の歴史学者磯田道史氏で、岡山市内の公的な施設のみならず、大阪市立美術館、神戸市立博物館といった他の市町村の公的な施設、また、お寺だけではなく、個人といった多くの方々の協力により成り立っている。
こちらは城主である池田家の家紋が輝く輪蝶紋黒漆塗長持である。
輪蝶紋が池だけの家紋で、幕末期の池田家ゆかりの品である。
こちらは城主の間である。
岡山城天守には全国的にも珍しい城主の間があったとのこと。
その城主の間は2階にあったそうだ。
掛け軸である。
きしちかく 烏城そびえて旭川
ながれゆたかに春たけむとす
と書かれている。
1968年の歌会始で昭和天皇が岡山城の印象を詠まれたもので、お題は川である。
文字は侍従長が書いたものである。
こちらの衣桁は文様に松竹梅が描かれた黒漆塗金蒔絵である。
こちらの掛け軸は池田治政の書であるが、何て書いてあるのか分からない。
こちらは色々な食器類などである。
池田家旧蔵品の一つである黒漆塗金蒔絵道中盥(たらい)である。
こちらは道中盥とセットで使用する黒漆塗金蒔絵湯桶である。
こちらは銀をアクセントにした金蒔絵である黒漆塗金蒔絵重箱である。
こちらも見事である。
こちらはカラー化で蘇るである。
AIによるものだけれど、私は昔の写真の復活に関してはそこまでAIを信用していないのでホンマにこんな色合いだったのかと思ってしまう。
2階の平面図である。
1階に降りることにしたのである。
行政書士中村裕司法務事務所URL
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