2026岡山旅行記1日目その20~B1からエレベーターに乗って一気に6階へ
14時半、岡山城のB1から入って内部見学をすることにした。

順路に沿って歩いた。

岡山城年代記である。
岡山のまちの歴史は宇喜多直家が戦国時代にこの地を拠点にしたことに始まる。
宇喜多家の後は、小早川秀秋、池田家が入城した。

元々、今も岡山城付近の旭川流域には石山、岡山、天神山という3つの丘があった。
1570年に宇喜多直家が当時石山(現在から少し西)にあった城を手に入れた。
その後、1590年に宇喜多秀家が本末を石山からこの地である岡山に移して築城した。
1597年に岡山城天守が完成した。

もっとも、関ヶ原の戦いでは西軍の主力で出陣するも敗戦した。
そして、1600年に小早川秀秋が岡山城城主となった。
1601年に小早川秀秋が岡山城の改築を始めたが、翌年に急死し、跡継なく早川家は断絶した。

1603年、池田輝政と徳川家康の娘の督姫の子である忠継が岡山城主となった。
もっとも、幼少のため、異母兄・利隆が岡山城に入城し、国政を代行した。
1606年、宇喜多秀家が八丈島に流刑される。
ちょっと、可哀そうだね。
1609年、池田光政が岡山城で誕生した。
1613年、池田忠継がはじめて岡山城に入城した。
1615年、池田忠継死去、同母弟の忠雄が岡山城主になる。
1632年、池田忠雄死去、嫡子である光仲が跡を継ぐが、年少のため鳥取へ国替えとなり、鳥取の池田光政が岡山城主となる。

1672年、池田光政が隠居し、綱政が跡を継ぐ。
1687年、後楽園を着工する。
1700年、後楽園の外形が完成する。

1800年以降は興味が無くなった。

こちらは岡山城の模型である。
一番下が東側で、上が西側、右手が北側になる。

こちらは一番下が南側で、上が北側になる。

この模型は17世紀末の元禄期の岡山城本丸復元模型で、縮尺200分の1である。

みどころ岡山城である。
天守台は不等辺五角形とのこと。

ここにも注目‼岡山城である。
既にみた廊下門と小納戸櫓、月見櫓等が描かれていた。

まるで石垣の博物館である。
積み方が違う石垣が何種類か見られるとのことだ。

岡山城から出土した瓦である。
金色の瓦も立派である。土の中でよく金が剥がれなかったなと思った。

B1の案内図である。

このままエレベーターに乗って6階に上がるのがおすすめの見学ルートとのこと。
ちょっと、興醒めな感じもしなくはないが、エレベーターに乗って一気に6階へと移動した。
6階で降りて外の景色を見た。

県庁が見えた。
ということは、南側の景色である。

すぐに6階の案合図があった。
直接外には出られない仕組みになっている。
反時計回りに歩いた。

南東側の景色である。
下に旭川が見えた。
奥に見える公園は後楽園の一部である旭川桃太郎緑地である。

後楽園は南北に長いのである。

だから、後楽園がよく見える。
少し移動した。

下にはスワン型ボートが見えたのである。
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順路に沿って歩いた。
岡山城年代記である。
岡山のまちの歴史は宇喜多直家が戦国時代にこの地を拠点にしたことに始まる。
宇喜多家の後は、小早川秀秋、池田家が入城した。
元々、今も岡山城付近の旭川流域には石山、岡山、天神山という3つの丘があった。
1570年に宇喜多直家が当時石山(現在から少し西)にあった城を手に入れた。
その後、1590年に宇喜多秀家が本末を石山からこの地である岡山に移して築城した。
1597年に岡山城天守が完成した。
もっとも、関ヶ原の戦いでは西軍の主力で出陣するも敗戦した。
そして、1600年に小早川秀秋が岡山城城主となった。
1601年に小早川秀秋が岡山城の改築を始めたが、翌年に急死し、跡継なく早川家は断絶した。
1603年、池田輝政と徳川家康の娘の督姫の子である忠継が岡山城主となった。
もっとも、幼少のため、異母兄・利隆が岡山城に入城し、国政を代行した。
1606年、宇喜多秀家が八丈島に流刑される。
ちょっと、可哀そうだね。
1609年、池田光政が岡山城で誕生した。
1613年、池田忠継がはじめて岡山城に入城した。
1615年、池田忠継死去、同母弟の忠雄が岡山城主になる。
1632年、池田忠雄死去、嫡子である光仲が跡を継ぐが、年少のため鳥取へ国替えとなり、鳥取の池田光政が岡山城主となる。
1672年、池田光政が隠居し、綱政が跡を継ぐ。
1687年、後楽園を着工する。
1700年、後楽園の外形が完成する。
1800年以降は興味が無くなった。
こちらは岡山城の模型である。
一番下が東側で、上が西側、右手が北側になる。
こちらは一番下が南側で、上が北側になる。
この模型は17世紀末の元禄期の岡山城本丸復元模型で、縮尺200分の1である。
みどころ岡山城である。
天守台は不等辺五角形とのこと。
ここにも注目‼岡山城である。
既にみた廊下門と小納戸櫓、月見櫓等が描かれていた。
まるで石垣の博物館である。
積み方が違う石垣が何種類か見られるとのことだ。
岡山城から出土した瓦である。
金色の瓦も立派である。土の中でよく金が剥がれなかったなと思った。
B1の案内図である。
このままエレベーターに乗って6階に上がるのがおすすめの見学ルートとのこと。
ちょっと、興醒めな感じもしなくはないが、エレベーターに乗って一気に6階へと移動した。
6階で降りて外の景色を見た。
県庁が見えた。
ということは、南側の景色である。
すぐに6階の案合図があった。
直接外には出られない仕組みになっている。
反時計回りに歩いた。
南東側の景色である。
下に旭川が見えた。
奥に見える公園は後楽園の一部である旭川桃太郎緑地である。
後楽園は南北に長いのである。
だから、後楽園がよく見える。
少し移動した。
下にはスワン型ボートが見えたのである。
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