2026岡山旅行記1日目その19~兜を被ることを断ったことに後で後悔する~
14時21分、岡山城の不明門の前までやって来た。

不明門の上を見るとこんな感じだ。
奇麗な白色である。
岡山城は1966年に再建され、この不明門も再建された。
それから、平成に改修され、さらに令和の大改修が2022年11月3日に完了した。
そのため、これだけ奇麗なのだ。

扉である。
こちらも令和の大改修後だからか金具まで奇麗だ。
もっとも、令和の大改修で金具まで改修されたのか知らんけど。

石垣は大中小と色々ある。

反対側の扉である。

石垣はこんな感じである。

不明門を越えた所の石垣である。
一部コケが生えている。なぜ、他の石にはあまりコケが生えていないのかは分からない。

中に入ると本段はこんな感じである。

広場である。
まあ、それはどこの本丸跡もそうだろうが。

左手を見ると岡山城天守が見える。
右に見える門は六十一雁木門(ろくじゅういちがんぎもん)である。
城の裏手の旭川に通じる門である。雁木とは階段のことで、元は61段あったことに由来するそうだ。

振り返って、不明門を見た。
右手にいる兵士?侍?武将?はサービスみたいなものか。
いつもいてるのか、ゴールデンウィークだけいてるのか知らないけれど。

左手(北側)を見ると岡山城天守が見えた。黒が奇麗である。

iPhone14でも撮ってみた。烏城と呼ばれるだけある。

せっかくなので、記念写真を撮って貰った。
天守に向かって歩いた。

途中、ゴールデンウィーク期間のみの烏城おしろあそびという企画があったので、そちらに行ってみた。

中には左に岡山城の写真が、右には家紋らしき模様、右手前には兜が置いてあった。

中に入ってみた。垂れ幕に岡山城の写真が貼られていた。

右の家紋は池田家のものだろうか。
ちょっと分からない。
スタッフの方に「兜をかぶって写真を撮ることができますよ」と言われた。
しかしながら、私は頭が大きいので兜は入らず、バランスが悪い記念写真になると思い断った。
今思えば、そうは分かっていてもブログファンの方のために記念写真を撮るべきだったと軽く後悔はしている。
出て来て、本丸の方に向かった。

途中、石灯篭があった。
こちらは寄贈されたものである。

本丸の下の方にやって来た。
そして、中に入った。

その際にパンフレットを受け取った。

中に入った所がB1になる。
B1は岡山城の説明のコーナーのようである。

烏城岡山城の魅力である。
岡山城は宇喜多秀家によって築かれた。豊臣秀吉の身内となって躍進したため、当時としては高い石垣や天守があり、金拍瓦が輝く秀吉一門にふさわしい城とのこと。
もっとも、その天守も1945年(昭和20年)の空襲で焼失し、1966年(昭和41年)に再建された。
そして、本丸跡は、今は烏城公園として市民に親しまれている。

こんな感じで説明書きが横長に書かれていたのである。
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不明門の上を見るとこんな感じだ。
奇麗な白色である。
岡山城は1966年に再建され、この不明門も再建された。
それから、平成に改修され、さらに令和の大改修が2022年11月3日に完了した。
そのため、これだけ奇麗なのだ。
扉である。
こちらも令和の大改修後だからか金具まで奇麗だ。
もっとも、令和の大改修で金具まで改修されたのか知らんけど。
石垣は大中小と色々ある。
反対側の扉である。
石垣はこんな感じである。
不明門を越えた所の石垣である。
一部コケが生えている。なぜ、他の石にはあまりコケが生えていないのかは分からない。
中に入ると本段はこんな感じである。
広場である。
まあ、それはどこの本丸跡もそうだろうが。
左手を見ると岡山城天守が見える。
右に見える門は六十一雁木門(ろくじゅういちがんぎもん)である。
城の裏手の旭川に通じる門である。雁木とは階段のことで、元は61段あったことに由来するそうだ。
振り返って、不明門を見た。
右手にいる兵士?侍?武将?はサービスみたいなものか。
いつもいてるのか、ゴールデンウィークだけいてるのか知らないけれど。
左手(北側)を見ると岡山城天守が見えた。黒が奇麗である。
iPhone14でも撮ってみた。烏城と呼ばれるだけある。
せっかくなので、記念写真を撮って貰った。
天守に向かって歩いた。
途中、ゴールデンウィーク期間のみの烏城おしろあそびという企画があったので、そちらに行ってみた。
中には左に岡山城の写真が、右には家紋らしき模様、右手前には兜が置いてあった。
中に入ってみた。垂れ幕に岡山城の写真が貼られていた。
右の家紋は池田家のものだろうか。
ちょっと分からない。
スタッフの方に「兜をかぶって写真を撮ることができますよ」と言われた。
しかしながら、私は頭が大きいので兜は入らず、バランスが悪い記念写真になると思い断った。
今思えば、そうは分かっていてもブログファンの方のために記念写真を撮るべきだったと軽く後悔はしている。
出て来て、本丸の方に向かった。
途中、石灯篭があった。
こちらは寄贈されたものである。
本丸の下の方にやって来た。
そして、中に入った。
その際にパンフレットを受け取った。
中に入った所がB1になる。
B1は岡山城の説明のコーナーのようである。
烏城岡山城の魅力である。
岡山城は宇喜多秀家によって築かれた。豊臣秀吉の身内となって躍進したため、当時としては高い石垣や天守があり、金拍瓦が輝く秀吉一門にふさわしい城とのこと。
もっとも、その天守も1945年(昭和20年)の空襲で焼失し、1966年(昭和41年)に再建された。
そして、本丸跡は、今は烏城公園として市民に親しまれている。
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