2025静岡旅行記9日目その8~富士山が見えていれば年賀状に使えたのに~
12時4分、鈴川の富士塚に来ていた。

ここは起点富士塚登山ルート3776地点でもある。

目の前に、富士登山0地点の鈴川海岸から登山者のために持ってきた玉石があった。
これを1個ずつ持って富士塚の浅間宮に奉納して登山の安全と家内安全を祈願すれば良いとのことだ。
富士山登山の安全は分かるが、それと家内安全がなぜリンクするのか分からない。
それを言うと富士山登山の安全まで全否定することになるから考えるのは止めよう。

取り敢えず、藤塚に登ることにした。

上まで登って来た。

iPhone14でも撮ってみた。
「奉納台に石を置けば良いのか」と親しい友人に聞くと「その祠の前で良いのでは」と返されたので、その辺に玉石を置いて家内安全を祈願した。

せっかくなので、記念写真を撮って貰った。
本当なら、ここから富士山が映っているはずなのだが、富士山の富の字も見えない。
富士塚を降りることにした。

下でも記念写真を撮って貰った。
ここからでも、本来は富士山がバックに移るのである。

その手前からも記念写真を撮って貰った。

お腹が出ているので胸から上で撮って貰った。
ここから富士山が見えれば年賀状の写真に使えたのだが。
お腹が出ていることも分からないし。
何やかんや言うて、ここから撮る富士山の写真は、三保松原や沼津のクルーズ船から本来見える富士山の写真よりもマニアックで、知る人ぞ知る、という感じが出て良かった気もする。
まあ、嘆いても仕方がない。
やはり、夏に富士山を見に静岡に訪れるべきではないのだ。
富士山に登るのであれば別だが。
12時を回っているので、駅に戻ることにした。
というか、親しい友人がお昼ご飯はホテル近くの洋食屋さんに行きたいと言ったので、早く戻ろうとなった。

右手の石碑を再度見た。
境内から外に出て左手の道を進んだ。

下を見るとマンホールが富士山である。
そりゃそうだな。

スマホの地図を見ながら、左手に曲がった。

振り返ると、鈴川の富士塚まで360mとなっていた。

先を進んだ。
歩いている人がいない。

右手を見た。
富士山が見える方角である。
地元の人からすると見慣れているから、この日、いや、夏に富士山が見られなくても何とも思わないのであろう。
このまま真っ直ぐ行き、左手に曲がると富士と港が見える公園に行くう。
また、その行き方が私ら通ったコースよりも正解なのだろう。

右手を曲がることにした。
公園に展望台があった。
展望台だらけだなと思った。

坂道を下った。

津波ひなん施設マップがあった。

目の前にある展望台と思ったものは鈴川港公園津波避難タワーだった。
もっとも、このタワーに何人避難できるのかなと思いながら上の方を見た。

振り返って、坂道を見た。
右手を曲がり、左を曲がれば、富士と港が見える公園である。
前を歩いた。

右手の横の道はこんな感じである。
今もお店が開いているのかは不明である。

左の横道はこんな感じである。

真っ直ぐ進んだのである。
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目の前に、富士登山0地点の鈴川海岸から登山者のために持ってきた玉石があった。
これを1個ずつ持って富士塚の浅間宮に奉納して登山の安全と家内安全を祈願すれば良いとのことだ。
富士山登山の安全は分かるが、それと家内安全がなぜリンクするのか分からない。
それを言うと富士山登山の安全まで全否定することになるから考えるのは止めよう。
取り敢えず、藤塚に登ることにした。
上まで登って来た。
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「奉納台に石を置けば良いのか」と親しい友人に聞くと「その祠の前で良いのでは」と返されたので、その辺に玉石を置いて家内安全を祈願した。
せっかくなので、記念写真を撮って貰った。
本当なら、ここから富士山が映っているはずなのだが、富士山の富の字も見えない。
富士塚を降りることにした。
下でも記念写真を撮って貰った。
ここからでも、本来は富士山がバックに移るのである。
その手前からも記念写真を撮って貰った。
お腹が出ているので胸から上で撮って貰った。
ここから富士山が見えれば年賀状の写真に使えたのだが。
お腹が出ていることも分からないし。
何やかんや言うて、ここから撮る富士山の写真は、三保松原や沼津のクルーズ船から本来見える富士山の写真よりもマニアックで、知る人ぞ知る、という感じが出て良かった気もする。
まあ、嘆いても仕方がない。
やはり、夏に富士山を見に静岡に訪れるべきではないのだ。
富士山に登るのであれば別だが。
12時を回っているので、駅に戻ることにした。
というか、親しい友人がお昼ご飯はホテル近くの洋食屋さんに行きたいと言ったので、早く戻ろうとなった。
右手の石碑を再度見た。
境内から外に出て左手の道を進んだ。
下を見るとマンホールが富士山である。
そりゃそうだな。
スマホの地図を見ながら、左手に曲がった。
振り返ると、鈴川の富士塚まで360mとなっていた。
先を進んだ。
歩いている人がいない。
右手を見た。
富士山が見える方角である。
地元の人からすると見慣れているから、この日、いや、夏に富士山が見られなくても何とも思わないのであろう。
このまま真っ直ぐ行き、左手に曲がると富士と港が見える公園に行くう。
また、その行き方が私ら通ったコースよりも正解なのだろう。
右手を曲がることにした。
公園に展望台があった。
展望台だらけだなと思った。
坂道を下った。
津波ひなん施設マップがあった。
目の前にある展望台と思ったものは鈴川港公園津波避難タワーだった。
もっとも、このタワーに何人避難できるのかなと思いながら上の方を見た。
振り返って、坂道を見た。
右手を曲がり、左を曲がれば、富士と港が見える公園である。
前を歩いた。
右手の横の道はこんな感じである。
今もお店が開いているのかは不明である。
左の横道はこんな感じである。
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