2025静岡旅行記3日目その11~パラボラアンテナのある建物はやはり・・・~
14時39分、駿府城跡すぐ手前のお堀前で徳川家康公キットを見ていた。
さすが、世界模型首都の静岡だ、と親しい友人と共に感心していた。
もっとも、昨日静岡に来て初めて世界模型首都静岡を知ったのだが(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/519729077.html)。
橋を越えた。
この橋は城代橋という。
越えた所には林野庁静岡管理署があった。
何をする所かは知らないけれど。
振り返って、城代橋の方を見た。
北に進むと右手(西側)に静岡市歴史博物館があった。
さらに進むと櫓が見えた。
後で知ったのだが、巽櫓という。少し雨がパラついているので傘を差している人もいる。
静岡市歴史博物館では十辺舎一九と蔦屋重三郎という展示がなされているようだ。
さらに右手の方を見るとパラボラアンテナがたくさんある立派な建物が見えた。静岡県警察本部である。
そういえば、大阪府警本部もたくさんのパラボラアンテナがある。警察庁や全国の警察本部とやり取りするのだろう。
北に向かって歩いた。
堀を見てみると鯉?がいた。
その鯉もまあまあ大きいように見える。
餌のあげすぎか?掘りの養分?が豊富なのか。
さらに、歩くと橋の手前に駿府城の説明書きがあった。
駿府城は外堀、中堀、内堀の三重の堀を持つ輪郭式の平城で、本丸を中心に回字形に本丸、二ノ丸、三ノ丸と順に配置され、中央の本丸の北西角には五層七階(外観五層内部七階)の天守閣があったが、1635年(寛永12年)に焼失したとのことだ。
徳川家康は1607年(慶長12年)に将軍を退き、駿府に移りすむために天正期の駿府城を拡張修繕したそうで、当時の駿府は江戸と並ぶ政治の中心地として重要な役割を果たしていたとのことだ。
再び、左手(南西側)を見た。静岡県警察本部がよく目立つ。
橋を渡ることにした。
右手(北側)を見た。
右手にはネットが見える。静岡大学教育学部付属小学校のネットである。
左手(南側)を見た。先ほどの静岡市歴史博物館が見えるし、官庁街という雰囲気だ。
まあ、お城の周りに官庁街があったり、進学校ないし伝統校があるのは、あるあるだね。
東御門を越えて入ることにした。
扉の厚さはこんな感じだ。
左手(南側)を見ると石垣が奇麗にぴっちりと積まれている。
右手(北側)を見ると丸穴と長方形の穴が見えた。手前には説明書きがあった
中に入るとこんな感じだ。金沢城跡の石川門と同じで(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/503794506.html)、敵が直線で勢いよく入れないようになっている。
もっとも、このように造られたのは太平の世?になってからだから、実践を経ていないので、本当のところはどうなのか知らないけれど。
左手(北側)に門があるのだ。
説明書きを見に行った。長方形の穴と丸い穴は、もちろん、狭間である。
縦に長い長方形の小窓は矢狭間で、円形の小窓は鉄砲座間である。
門を越えることにしたのである。
行政書士中村裕司法務事務所HPです。
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