2025静岡旅行記3日目その7~ブログのためならここから落ちても良い?~

11時46分、登呂博物館の弥生体験展示室で縄文時代と弥生時代の違いを学んでいた。
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弥生時代の石材、石器の作り方などが展示されていた。
要は、石である。
でも、まだこの時代は石が大事である。
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色々な名前の意思が展示されていた。
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石の展示の隣には竪穴式住居があった。
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登呂遺跡は地下水位が高いため穴を掘らず、周りに土を盛り上げて作る「平地式住居」であったと考えられているそうだ。
建物内部には羽根板を並べて壁にしている。
また、住居の大きさの違いは少ししかないため、身分の差はないと考えられているそうだ。
この点は、王の家とかがあった吉野ヶ里遺跡とは異なる()。
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中はこんな感じだ。
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貫頭衣というのがあった。
弥生時代の女性の衣と言われている。登呂遺跡では麻の布片が出土されている。
親しい友人から「着てみたら」と言われたので、着てみようとしたら全くもって小さかった。
すると、「やっぱり、無理やったか」と言われたので、「やっぱりって、なんやねん。確信犯か」とツッコむと笑っていた。
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織物をしている女性の人形があった。
先ほどの貫頭衣は直状式機織りの方法でおりあげた布地を使って作成していたそうだ。
もっとも、人形の方は輪状式機織りで織っている。
こちらは南方系の機織りとのことだ。
この人形を1号住居などに置いておけば良いのにと思った。
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振り返ると、祭殿があった。
その下には小舟があった。
昔はこの小舟で中国大陸や朝鮮半島から日本に来たのだろうか。
いやいや、それは無理かな。
せめて、安倍川を超えるくらいか。
祭殿の中に入れるようなので、入ってみることにした。
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移動の途中、水田体験もあった。
この穴に稲を植えるという仕組みだ。
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祭殿に行き、階段を登った。
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少し低いし、暗い。
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フラッシュを焚いた。こんな感じだ。
祭殿の窓から前を見た。
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場内はこんな感じだ。
しまった。ここで親しい友人に向こうから記念写真を撮って貰えば良かったと思った。
後の祭りである。
下りて戻って来た。
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石包丁という展示があった。体験できるようだ。
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登呂遺跡の稲は、水田で栽培する水稲と(すいとう)と畑でも栽培可能な陸稲(りくとう)の2つの稲が見つかっているとのこと。
穗摘みには石で作られた剥片石器が使われていたと考えられている。
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稲を叩いてたら切れるかなと思い、叩いて見ても上手くはいかなかった。
親しい友人がそれを見て「何をしているの、ちゃんと使い方を読んだら」と言われたので読んで見た。
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刃の部分を上にして、伊根の茎の部分を石包丁の上に重ねて親指で固定した。
矢印の方向に茎を折るようにして刈っていくとのこと。
やって見ても上手くいかなかった。
というか、写真を撮りながらするのは無理だった。
もうええか、となってしまい、つぎに移動した。
高床式倉庫に行ってみた。
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ネズミ返しの説明があった。先ほどの1号住居などでも説明されていたものである。
要は、ネズミをはじめ、小動物が掴立柱を伝って高床倉庫内に侵入するのを防ぐための部材である。
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下を見るとこんな感じだ。要は、ネズミはここから上に柱を伝って上あがれないように出っ張っているのだ。
なるほどと感心した。
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その高床倉庫に登ってみることにした。
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ブログのためならここから落ちても良いと思ったのである。

行政書士中村裕司法務事務所サイト

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