2025静岡旅行記2日目その4~東海道53次の30番目舞阪宿に入るも・・・~
10時35分、ゆーりん弁天島海浜公園に来ていた。
湖だけれどまあまあ波立っている。
遊覧船といっても小さい船であれば無理なんだろうなという話をした。
あの赤鳥居は弁天島観光シンボルタワーで、1973年(昭和48年)にできたものである。
再び、左手(東側)を見た。漁船が微かに見えた。
東の方に行ってみることにした。
左手にホテルが見えた。
ああ、今度はこういう所で1泊してみたいなと言うと「高そうやで」と返された。
看板の近くに来たので、再び、記念写真を撮って貰った。
昨日の浜松城といい(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/519532172.html)、アニメでる。
こちらのアニメは親しい友人も分からなかった。
西側を再び見た。マンションが3棟並んで建っていた。
手前は普通のマンションのようだが、真ん中と奥はリゾートマンションのように見える。
「ああ、宝くじが当たったらあのマンションを別荘にしたいな」と言うと「あなたは宝くじ勝ったことないのでは?」と返され「あなたが3億当たったらや」と言い返した。
「はん」と鼻であしらわれた。
でも、こういう景色を見ながら1日を過ごしてみたい
東に進むことにした。
ホタテ貝に赤鳥居を描いている。
振り返ると、こんな感じではホテルやマンションが並んでいる。
浜松・浜名湖の地図が立て掛けられていた。
車が少し泊まっていたので宿泊者のものなのだろう。
もっとも、こちらのホテルは全てカーテンが閉まっている。
営業しているのだろうか。
端までやって来た。地図を見ると弁天橋である。
この橋を渡って東に行くと舞阪である。
橋を渡ることにした。
風が強い。
来た道を振り返った。この橋でつり等の行為をすることは交通上危険との禁止の注意書きが掲示されていた。
北側を見るとこんな感じだ。
先ほど電車で通った所である。
と思ったら、貨物列車が通った。
いつも思うが、なぜコンテナを詰めて載せないのかと思う。重量のバランスなのだろうか。
端を超えると舞阪宿と書かれた常夜燈があった。
旧東海道舞阪宿常夜燈という。
京江五拾七理二拾六町と書かれている。
東海道53次の30番目の宿場町がここ舞阪宿で、日本橋から57里26町来たという意味なのか、その逆で京都の三条大橋まで残り57里26町という意味なのかは分からない。
ただ、後で調べると57里26町は240km弱とのことだ。
南東の方向の見ると漁船が多かった。
先ほど取ったガイドブックには、この辺りの旬の名産がしらすやあさり、のり、うなぎ、すっぽん、とらふぐと書かれていた。
昨日、購入した舞阪しらすはこの辺りで採れたものなのだろうか。
振り返って、赤鳥居を見た。
湖の中に立っているのではなく、瀬の上に建っているのが分かった。
東に進むことにした。
常夜燈の入口である。
ここが旧東海道である。旧東海道を歩くのは初めてかも。
私の事務所近くには京街道があり、そこは歩いたことはある。といっても大した距離ではないが。
そう思いながら、歩き始めると雨風が強くなってきたのである。
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