2025旭東支部遠足その6~誰も近くにいないので宝篋印塔(ほうきょういんとう)を行えず~
10時21分、豊浄殿で開催されている紫式部展を見終えて、下って来た。

上に見えるのは月見亭である。木で見えにくい。

少し下った。ここも梅園だろうか。

振り返って、月見亭を見た。

倍率を上げた。

普賢院跡である。石山寺第三代座主淳祐内供の住居を普賢院といい、その跡地である。
さらに、下って来た。

こちらは御影堂である。

重要文化財である。
室町時代の建立で、宝形造、檜皮葺である。
内陣の須弥壇には弘法大師と石山寺第三代座主淳祐内供の遺影(御影)が安置されている。

浄財を入れて祈念した。

御影堂の横側である。

この御影堂の横側のさらに横側にあるのが硅灰石群である。こちらからの階段でも上に登ることができる。

登った先にあるのが先ほど見た国宝である多宝塔だ。

石山寺の名前の由来はこの現前の岩の凄さから石の山ということだ。
まあ、昔だからこの石が硅灰石(けいかいせき)で、石灰岩と花崗岩が接触した際の熱作用によって生まれた珍しい石であることなんてわかりもしない。
分かっていたら、硅灰寺にでもネーミングされたか。
集合場所である東大門の方に戻ることにした。

毘沙門堂の横側である。

すると、この石を一段ずつ歩いている人が何人かいた。

こちらは宝篋印塔(ほうきょういんとう)という。塔の敷石の下には四国八十八カ所霊場のお砂が敷かれていて、その敷石を順に踏むとは樹八カ所霊場を巡ったことと同じ功徳が得られるとのことだ。
う~ん、都合が良いなと、正直思った。
やってみようかと思ったが、1人でやって見るものでもないかな。
同じ支部の人がいたら行っている姿を写真に移して貰えるので、やってみる価値はあるかもしれないが。

帰り道という案内に従って下ることにした。

この階段を降りることになる。

振り返ってみた。
宝篋印塔を回っている人はいなくなった。

こんな感じでクネクネと階段を降りた。

転んではいけないのでゆっくりと降りた。

下まで降りて来た。
逆走は禁止である。

また振り返って見てみた。

下向坂大修繕の記念石碑である。

湯屋である。前室、脱衣所、浴室になっていて全国的に例が少ないそうだ。
さらに進むと大黒天があった。

1024年(万寿元年)、3人の僧の同じ夢のお告げによりて湖水に出現したとのことだ。

そのまま上がった浄財を入れた。

おみくじがあったので引くことにした。30円と格安だ。

この中から好きなものを取った。
そして開けてみた。

八十八番半吉であった。
良いのか悪いのか分からないのだが、それよりも、読みにくい。
お寺だから、参道とは言わないが、行きに通った道の方に出ることにした。

振り返って、大黒天を見た。

門を出てから、門を撮った。

道に出て、振り返って、志納所(料金所)の方を見た。

東大門に向かって歩いた。

拾翆園に入ってみた。ここはお休み処である。

紅葉が奇麗だ。

立派か否か分からないが松である。
七五三の写真を撮られている方もいた。
出ることにした。

東大門に戻って来た。

1300年つづく日本の終活の旅西国三十三所観音巡礼の説明書きがあった。

こうして見ると行ったことがあるのは京都の清水寺で、奈良の長谷寺、興福寺、岡寺は行ったか否か覚えていないなあと思ったのである。
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本日はこの前にもう1本ブログ
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少し下った。ここも梅園だろうか。
振り返って、月見亭を見た。
倍率を上げた。
普賢院跡である。石山寺第三代座主淳祐内供の住居を普賢院といい、その跡地である。
さらに、下って来た。
こちらは御影堂である。
重要文化財である。
室町時代の建立で、宝形造、檜皮葺である。
内陣の須弥壇には弘法大師と石山寺第三代座主淳祐内供の遺影(御影)が安置されている。
浄財を入れて祈念した。
御影堂の横側である。
この御影堂の横側のさらに横側にあるのが硅灰石群である。こちらからの階段でも上に登ることができる。
登った先にあるのが先ほど見た国宝である多宝塔だ。
石山寺の名前の由来はこの現前の岩の凄さから石の山ということだ。
まあ、昔だからこの石が硅灰石(けいかいせき)で、石灰岩と花崗岩が接触した際の熱作用によって生まれた珍しい石であることなんてわかりもしない。
分かっていたら、硅灰寺にでもネーミングされたか。
集合場所である東大門の方に戻ることにした。
毘沙門堂の横側である。
すると、この石を一段ずつ歩いている人が何人かいた。
こちらは宝篋印塔(ほうきょういんとう)という。塔の敷石の下には四国八十八カ所霊場のお砂が敷かれていて、その敷石を順に踏むとは樹八カ所霊場を巡ったことと同じ功徳が得られるとのことだ。
う~ん、都合が良いなと、正直思った。
やってみようかと思ったが、1人でやって見るものでもないかな。
同じ支部の人がいたら行っている姿を写真に移して貰えるので、やってみる価値はあるかもしれないが。
帰り道という案内に従って下ることにした。
この階段を降りることになる。
振り返ってみた。
宝篋印塔を回っている人はいなくなった。
こんな感じでクネクネと階段を降りた。
転んではいけないのでゆっくりと降りた。
下まで降りて来た。
逆走は禁止である。
また振り返って見てみた。
下向坂大修繕の記念石碑である。
湯屋である。前室、脱衣所、浴室になっていて全国的に例が少ないそうだ。
さらに進むと大黒天があった。
1024年(万寿元年)、3人の僧の同じ夢のお告げによりて湖水に出現したとのことだ。
そのまま上がった浄財を入れた。
おみくじがあったので引くことにした。30円と格安だ。
この中から好きなものを取った。
そして開けてみた。
八十八番半吉であった。
良いのか悪いのか分からないのだが、それよりも、読みにくい。
お寺だから、参道とは言わないが、行きに通った道の方に出ることにした。
振り返って、大黒天を見た。
門を出てから、門を撮った。
道に出て、振り返って、志納所(料金所)の方を見た。
東大門に向かって歩いた。
拾翆園に入ってみた。ここはお休み処である。
紅葉が奇麗だ。
立派か否か分からないが松である。
七五三の写真を撮られている方もいた。
出ることにした。
東大門に戻って来た。
1300年つづく日本の終活の旅西国三十三所観音巡礼の説明書きがあった。
こうして見ると行ったことがあるのは京都の清水寺で、奈良の長谷寺、興福寺、岡寺は行ったか否か覚えていないなあと思ったのである。
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