2025旭東支部遠足その1~まさかの1時間ほどで石山寺に着くなんて~
11月16日の日曜日は私が所属する大阪府行政書士会旭東支部の遠足に行って来た。

8時にホテル京阪京橋の北側に集合となった。
もちろん、その時間よりも10分前には着いていた。
もっとも、その時点で半数以上は来ていた。
8時になり、主催である厚生部の挨拶と支部長挨拶があった、マイクロバスに乗り込んだ。
阪神高速や第二京阪道路を通り、途中、木津川や宇治川を越えて、一気に滋賀県まではいった。
そして、9時5分に最初の目的地である石山寺に到着した。
早い!1時間ほどで着くとは思わなかった。

バスを降りるとクラフトビールのお店があったが、残念ながら、11時半からのオープンなので、今回は飲めそうにないとのことだ。

こちらのお店もまだ9時過ぎだからか、開いていない。

手作りふなずしのお店もあった。

9時過ぎだが、既に何台か観光バスが来ていた。

東大門に向かって歩いた。

東大門の横手には11月の行事案内があった。

東大門の説明書きがあった。
東大門がいつ建立されたのかは明らかではないが、淀殿の寄進に寄る慶長の大修理の際には再建に近い大修理が行われたと考えられている。
そして、東大門にて集合写真を撮った。

この東大門は入母屋造、本瓦葺の建物である。

私も記念写真を撮って貰った。

この石山寺は西国三十三所めぐりの十三番目のお寺である。

両脇には仁王像が立っている。鎌倉時代の運慶・湛慶の作と伝わっているそうだ。
運慶についてはハルカス美術館で開催された「高野山の名宝」で運慶の作品を見たことがある(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/201503article_3.html)。

かなりの年代物とは感じるが鎌倉時代のものといわれてもピンとはこない。

上を見るとこんな感じだ。

石山寺と書かれた提灯である。

再び、上を見上げた。シールがたくさん貼られている。

こちらは石山寺の看板?である。

扉を見た。
東大門を越えた。

越えた所に大本山石山寺の説明書きがあった。
747年(天平19年)、聖武天皇の勅願によって良弁僧正によって創建された。
本堂は崖の上に長い柱をもって建物を支えている懸造りといおう建築様式で、内陣は平安時代、外陣は慶長年間淀殿の修補とのことだ。

参道、ちゃうちゃう、お寺だから境内か。歩いた。

こちらの常夜燈は第52世遍隆座主晋山記念と刻まれていた。座主晋山とは住職の交代を意味する。
その記念お常夜燈である。
第52世遍隆座主は前座主で、2004年(平成16年)に石山寺座主にご晋山された。
2021年(令和3年)に76歳で亡くなり、現在は長女が2021年12月に第53世座主にご晋山され、747年の創建以来初の女性座主となった。

こちらは何にも刻まれていなかった。

下には行灯?が配置されていた。

ちょっと、紅葉には早いか。

でも、一部紅葉になっているので奇麗だ。

こちらの常夜燈は花山法皇中〇壱千年記念と書かれていた。
花山法皇が西国三十三巡礼の凄さを世の中に広めて千年経った記念の常夜燈のようである。
常夜燈はこのように記念で作られるのだなあと思ったのである。
行政書士中村裕司法務事務所ホームページです。
本日はこの前にもう1本ブログ
2025大分旅行記3日目その5~昔にここに来たのかは覚えていない~
をアップしています。
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8時にホテル京阪京橋の北側に集合となった。
もちろん、その時間よりも10分前には着いていた。
もっとも、その時点で半数以上は来ていた。
8時になり、主催である厚生部の挨拶と支部長挨拶があった、マイクロバスに乗り込んだ。
阪神高速や第二京阪道路を通り、途中、木津川や宇治川を越えて、一気に滋賀県まではいった。
そして、9時5分に最初の目的地である石山寺に到着した。
早い!1時間ほどで着くとは思わなかった。
バスを降りるとクラフトビールのお店があったが、残念ながら、11時半からのオープンなので、今回は飲めそうにないとのことだ。
こちらのお店もまだ9時過ぎだからか、開いていない。
手作りふなずしのお店もあった。
9時過ぎだが、既に何台か観光バスが来ていた。
東大門に向かって歩いた。
東大門の横手には11月の行事案内があった。
東大門の説明書きがあった。
東大門がいつ建立されたのかは明らかではないが、淀殿の寄進に寄る慶長の大修理の際には再建に近い大修理が行われたと考えられている。
そして、東大門にて集合写真を撮った。
この東大門は入母屋造、本瓦葺の建物である。
私も記念写真を撮って貰った。
この石山寺は西国三十三所めぐりの十三番目のお寺である。
両脇には仁王像が立っている。鎌倉時代の運慶・湛慶の作と伝わっているそうだ。
運慶についてはハルカス美術館で開催された「高野山の名宝」で運慶の作品を見たことがある(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/201503article_3.html)。
かなりの年代物とは感じるが鎌倉時代のものといわれてもピンとはこない。
上を見るとこんな感じだ。
石山寺と書かれた提灯である。
再び、上を見上げた。シールがたくさん貼られている。
こちらは石山寺の看板?である。
扉を見た。
東大門を越えた。
越えた所に大本山石山寺の説明書きがあった。
747年(天平19年)、聖武天皇の勅願によって良弁僧正によって創建された。
本堂は崖の上に長い柱をもって建物を支えている懸造りといおう建築様式で、内陣は平安時代、外陣は慶長年間淀殿の修補とのことだ。
参道、ちゃうちゃう、お寺だから境内か。歩いた。
こちらの常夜燈は第52世遍隆座主晋山記念と刻まれていた。座主晋山とは住職の交代を意味する。
その記念お常夜燈である。
第52世遍隆座主は前座主で、2004年(平成16年)に石山寺座主にご晋山された。
2021年(令和3年)に76歳で亡くなり、現在は長女が2021年12月に第53世座主にご晋山され、747年の創建以来初の女性座主となった。
こちらは何にも刻まれていなかった。
下には行灯?が配置されていた。
ちょっと、紅葉には早いか。
でも、一部紅葉になっているので奇麗だ。
こちらの常夜燈は花山法皇中〇壱千年記念と書かれていた。
花山法皇が西国三十三巡礼の凄さを世の中に広めて千年経った記念の常夜燈のようである。
常夜燈はこのように記念で作られるのだなあと思ったのである。
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