2025舞鶴旅行記1日目その13~世界のれんがを色々と見る~
14時25分、舞鶴赤れんが博物館の1階で世界のれんがコーナーにて、世界のれんがを見ていた。

メソポタミア文明のコーナーに来た。

紀元前3000年頃にシュメール人がミナミペソポタニアに定着して。ウル、ウルク、ラガシュなどの都市国家が形成された。その中でも、ラガシュは紀元前2500年頃、20近い神殿を建てるなど繁栄したものの紀元前2350年に他の都市国家に攻められて王朝が絶えた。

下には楔形文字入りのれんがや楔形文字入りの粘土板が展示されていた。

アジアの方にやって来た。

中国におけるれんがの使用は、黄河、長江、遼河といった異なる文化が形成されていく中で始まった。遅くとも4000年前には黄河流域の龍山文化晩期に住居に利用されるなど日干しれんがの利用が見られる。焼成れんがの出現はやや遅れるとのことだ。
焼成れんがを陶板などと共に塼(せん)と呼び、現代にいたるまで中国における主要な建築材料として用いられている。
左手には塼の製造方法が描かれていた。

下には「不死樹と羽人」刻印入り空心塼と龍と菱形文空心塼である。

漢代に仏教が伝わり受容され始めると中国では仏教建築が建てられるようになり、石や木とならび塼も用いられた。

下には動物が描かれた塼が展示されていた。保存状態も良い方ではないだろうか。
このようにかなりの量のれんがが展示されている。
全て見るのは疲れる。

クレムリンとサマルカンドのれんがである。

左がクレムリンで、右がウズベキスタンのサマルカンドのれんがである。

クレムリンは元々、木造の城塞として建造されたが、モンゴル軍の攻撃で焼失し、1495年れんが積の城壁が完成した。
サマルカンドは紀元前4世紀にはアレクサンダー大王が訪れ、その美しさを称えと言われている。

インド・サヘート遺跡とミャンマー・パガン遺跡のれんがである。

ミャンマーのれんがは16~17世紀のものだからか装飾も奇麗だ。

サヘート遺跡のれんがは祇園精舎のものでネパールとの国境近くに位置する。

大連市のれんがである。

幾何学的模様のれんが、ないし塼である。

金州城や万里の長城のれんが、ないし塼である。

万里の長城の塼は明代のものである。

金州城は遼の時代1031年に建てられたが、都市開発の中で徐々に取り壊された。

フエ遺跡や台湾のれんが王である。

共にやや赤いれんがである。

フエ遺跡は世界遺産である。
台湾のれんが王は現京都府南丹市出身の後宮信太郎で、ホフマン式輪窯を導入して台湾最大のれんが製造会社に成長させた。のみならず、石炭、金山、ビール等の多くの会社を設立した。
一通り世界のれんがを見終えてつぎに移動した。

つぎはホフマン窯内部を再現させた所へ行くようだ。
先ほどからホフマン、ホフマンと出ていたが、ホフマン窯とは何だろうと思ったのである。
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メソポタミア文明のコーナーに来た。
紀元前3000年頃にシュメール人がミナミペソポタニアに定着して。ウル、ウルク、ラガシュなどの都市国家が形成された。その中でも、ラガシュは紀元前2500年頃、20近い神殿を建てるなど繁栄したものの紀元前2350年に他の都市国家に攻められて王朝が絶えた。
下には楔形文字入りのれんがや楔形文字入りの粘土板が展示されていた。
アジアの方にやって来た。
中国におけるれんがの使用は、黄河、長江、遼河といった異なる文化が形成されていく中で始まった。遅くとも4000年前には黄河流域の龍山文化晩期に住居に利用されるなど日干しれんがの利用が見られる。焼成れんがの出現はやや遅れるとのことだ。
焼成れんがを陶板などと共に塼(せん)と呼び、現代にいたるまで中国における主要な建築材料として用いられている。
左手には塼の製造方法が描かれていた。
下には「不死樹と羽人」刻印入り空心塼と龍と菱形文空心塼である。
漢代に仏教が伝わり受容され始めると中国では仏教建築が建てられるようになり、石や木とならび塼も用いられた。
下には動物が描かれた塼が展示されていた。保存状態も良い方ではないだろうか。
全て見るのは疲れる。
クレムリンとサマルカンドのれんがである。
左がクレムリンで、右がウズベキスタンのサマルカンドのれんがである。
クレムリンは元々、木造の城塞として建造されたが、モンゴル軍の攻撃で焼失し、1495年れんが積の城壁が完成した。
サマルカンドは紀元前4世紀にはアレクサンダー大王が訪れ、その美しさを称えと言われている。
インド・サヘート遺跡とミャンマー・パガン遺跡のれんがである。
ミャンマーのれんがは16~17世紀のものだからか装飾も奇麗だ。
サヘート遺跡のれんがは祇園精舎のものでネパールとの国境近くに位置する。
大連市のれんがである。
幾何学的模様のれんが、ないし塼である。
金州城や万里の長城のれんが、ないし塼である。
万里の長城の塼は明代のものである。
金州城は遼の時代1031年に建てられたが、都市開発の中で徐々に取り壊された。
フエ遺跡や台湾のれんが王である。
共にやや赤いれんがである。
フエ遺跡は世界遺産である。
台湾のれんが王は現京都府南丹市出身の後宮信太郎で、ホフマン式輪窯を導入して台湾最大のれんが製造会社に成長させた。のみならず、石炭、金山、ビール等の多くの会社を設立した。
一通り世界のれんがを見終えてつぎに移動した。
つぎはホフマン窯内部を再現させた所へ行くようだ。
先ほどからホフマン、ホフマンと出ていたが、ホフマン窯とは何だろうと思ったのである。
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