2024長崎・佐賀・福岡旅行記6日目その6~ここで結婚披露宴や結納式、法事をするのがステイタスなのだろうか~

11個25分、柳川の川下りを楽しんでいた。
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柳川城堀水門を超えるとたくさんの舟(どんこ舟)が停泊していた。
また、先に歌碑らしきものが見えた。
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反対側を見た。この川沿いに家があるのは資産価値が高いのだろうか、とふと思った。
まあ、そこまで調べる気はないけれど。
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歌碑があった。
船頭さんが詠んでくれた。
ついかがむ 乙の女童 影揺れてまだ
寝起きらし朝の汲水場に
もちろん、北原白秋の歌である。
女の子が早朝の家事の手伝いで汲水場にいる姿を読んだものであろう。
ここでいう汲水場はこの堀?川?であろうか。
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和食屋さんである。京都の川床のようにこの堀?川?を見ながら食事をしてみたい。
もちろん、うなぎかどじょうを食べたいのだが。
柳川の川下りは、正確には掘割下りという。
掘割は、水を貯めることで、降り過ぎた雨水を一時遊ばせて内水はん濫を防いだり、あるいは、農業用水や防火用水等に利用することで生産や市民生活と直接にかかわる重要な役割を担っている。
この掘割は、先人たちが水と共生していくなかで形成された柳川市の歴史的財産とのことだ。
とすると、堀巡りでも、川下りでも、どちらかに気にしなくても良いのかもしれない。
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あれは下水道か。
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木々が増えて来た。
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この日は水量が多いのだろうか。もう少しで一番下の階段のところまで水がいきそうだ。
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この辺りも含めてベニスっぽいね。
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前方を見ると狭いうえ低い橋が見えてきた。
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この下をくぐるのかと思った。この橋は石橋という。
おお、橋を渡っている人がいる。しかも手に花を持っている。仏壇に添える花か。お盆は昨日だったけれど。
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こんな感じでくぐった。意外と高さがあったので、頭を下げる必要はなかった。
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でも、少し臨場感はあるか。
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とはいえ、頭を下げる方が無難だ。
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振り返って、くぐった橋を見た。
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左手を見るとさらに小さな川?堀?があった。
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前の舟との間が少し詰まった。
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また橋が見えた。北長柄橋という。
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頭を下げる必要がなさそうにも見えた。
でも、念のため、頭を少し下げて橋をくぐった。
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船頭さんが立っている場所は私たちが座っている場所よりも高い所にいてるので、このように屈んだ上、頭を下げている。
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橋をくぐると窓の大きな建物が見えた。ランヴィエール勝島という披露宴や祝辞、法事などを行う所である。
だから、窓が大きいのかと納得をした。
柳川の人たちはここで結婚披露宴はもとより、結納式を行ったり、法事をするのがステイタスなのだろうか。
いや、どんこ舟に乗った新郎新婦のシーンを何回か見たことがある。
「男はつらいよ」や「釣りバカ日誌」だろうか。それ以外にも見た気がする。
あれは柳川だったのだろうか。
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前には橋とマンションが見えた。
すると、すぐに「左手に曲がります」と船頭さんに言われた。
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十字路になっている所を左手(南側)にぐるっと90度に曲がった。
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振り返って、来た道?水路?を見たのである。

この記事へのコメント

2025年05月15日 11:59
こんにちは。


運河の水位変動が小さいので、玄関とかもギリで作れるのでしょうね。
それは、水門によってキッチリと水位管理されてるからだそうです。
領民たちの暮らしを守る仕組み、、、というよりも、
お城の堀が干上がると防衛上ヤバいので、ソッチがメインみたいです。
中村裕司
2025年05月16日 17:14
結局は領民のためではなく自分たちのため。
昔も今も変わりがないのでしょうね。

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