2024長崎・佐賀・福岡旅行記6日目その5~今までで最も狭い場所を通る~
11時16分、私たちは柳川の川下りの舟(どんこ舟)に乗っていた。

後にいる船頭さんが「左手に曲がります。曲がると直ぐに橋を越えます。頭を下げてください」と言った。

左手に曲がって柳川橋を越えることになり少しだけ頭を下げた。

もっとも、そんなに頭を下げなくても十分だった。

それよりも、親しい友人が「後ろに白い鳥がいてる」と言ったので、そちらにピントを合わせた。まあまあ、大きい。

橋を越えると見事な柳の木が見えた。

この見事な柳の木を見て、ああ、柳川に来たんだなと思った。

奇麗な白壁の蔵が見えた。柳川古文書館である。

筑後地方には、国指定重要文化財「五条家文書」や福岡県指定文化財「伝習館文庫」をはじめ、多数の古文書等の所在が確認されているそうだ。
ただ、これら多数の古文書等の保存・管理は必ずしも良くなく、さらに、個人所有のものの中には消失または、散逸の危険にさらされていたりする。
そこで、これら歴史を生のまま語る貴重な古文書等の史料を収集、保存するとともに、県民の方々に理解しやすいように整理して、郷土学習など生涯教育の場として活用されるための施設とのことだ。

歌碑が見えた。
色にして老木の柳うちしだる
我が柳河の水の豊かさ
船頭さんが詠んでくれて、さらに北原白秋の歌碑であると教えてくれた。
続けて、北原白秋はここ柳川出身の詩人、歌人で、川下りを降りてちょっと行った所に白秋記念館があることも教えてくれた。

反対側には小学校が見えた。
なかなか立派なというか綺麗な小学校である。

あれは何の教室だろうか。講堂にしては小さい。音楽室だろうか。

柳が連なっている
大昔、私が住む旭区に柳通りというのがあり(今もその名前だが)、柳がこのように連なっていたが、いつのまにか柳の木ごと無くなった。

船頭さんが何の木か説明してくれたけれど覚えていない。
船頭さんが「右に曲がります」と言った。

おお、細い。ここを通るのかと思った。

続けて「頭を下げてください」とも言った。

頭を下げつつ写真を撮った。

迫って来た。
こんな感じだ。
ここは柳川城堀水門という。
ちょっとずつ超えていった。
今まで乗った川下りの中でも最も激狭な場所だ。

家の裏にはこんな感じで階段になっている。昔はここで洗濯ものや洗い物をしたのだろうか。

こちらのお宅にも階段がある。

舟がたくさん停留している。おじいさんと一緒に虫取り?蝉取り?に来ていた子供がこちらに向かって手を振っていた。
その内、手を振らなくなるのだろう。
そして、その子も子供ができたら、その子供をここに連れてきて、やがて、孫ができたら、今度は孫を連れてくるのだろう。
何だか泣きそうになった。
それはともかく、これが昔からある柳川の川下りの風景なんだろう。
この柳川の川下りは江戸時代の柳川城の周りをこの舟(どんこ舟)に揺られながら巡っていく、柳川ならではの時の過ごし方だそうだ。

それにしても、たくさんの舟が並んでいるなあと思ったのである。
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後にいる船頭さんが「左手に曲がります。曲がると直ぐに橋を越えます。頭を下げてください」と言った。
左手に曲がって柳川橋を越えることになり少しだけ頭を下げた。
もっとも、そんなに頭を下げなくても十分だった。
それよりも、親しい友人が「後ろに白い鳥がいてる」と言ったので、そちらにピントを合わせた。まあまあ、大きい。
橋を越えると見事な柳の木が見えた。
この見事な柳の木を見て、ああ、柳川に来たんだなと思った。
奇麗な白壁の蔵が見えた。柳川古文書館である。
筑後地方には、国指定重要文化財「五条家文書」や福岡県指定文化財「伝習館文庫」をはじめ、多数の古文書等の所在が確認されているそうだ。
ただ、これら多数の古文書等の保存・管理は必ずしも良くなく、さらに、個人所有のものの中には消失または、散逸の危険にさらされていたりする。
そこで、これら歴史を生のまま語る貴重な古文書等の史料を収集、保存するとともに、県民の方々に理解しやすいように整理して、郷土学習など生涯教育の場として活用されるための施設とのことだ。
歌碑が見えた。
色にして老木の柳うちしだる
我が柳河の水の豊かさ
船頭さんが詠んでくれて、さらに北原白秋の歌碑であると教えてくれた。
続けて、北原白秋はここ柳川出身の詩人、歌人で、川下りを降りてちょっと行った所に白秋記念館があることも教えてくれた。
反対側には小学校が見えた。
なかなか立派なというか綺麗な小学校である。
あれは何の教室だろうか。講堂にしては小さい。音楽室だろうか。
柳が連なっている
大昔、私が住む旭区に柳通りというのがあり(今もその名前だが)、柳がこのように連なっていたが、いつのまにか柳の木ごと無くなった。
船頭さんが何の木か説明してくれたけれど覚えていない。
船頭さんが「右に曲がります」と言った。
おお、細い。ここを通るのかと思った。
続けて「頭を下げてください」とも言った。
頭を下げつつ写真を撮った。
迫って来た。
こんな感じだ。
ここは柳川城堀水門という。
ちょっとずつ超えていった。
今まで乗った川下りの中でも最も激狭な場所だ。
家の裏にはこんな感じで階段になっている。昔はここで洗濯ものや洗い物をしたのだろうか。
こちらのお宅にも階段がある。
舟がたくさん停留している。おじいさんと一緒に虫取り?蝉取り?に来ていた子供がこちらに向かって手を振っていた。
その内、手を振らなくなるのだろう。
そして、その子も子供ができたら、その子供をここに連れてきて、やがて、孫ができたら、今度は孫を連れてくるのだろう。
何だか泣きそうになった。
それはともかく、これが昔からある柳川の川下りの風景なんだろう。
この柳川の川下りは江戸時代の柳川城の周りをこの舟(どんこ舟)に揺られながら巡っていく、柳川ならではの時の過ごし方だそうだ。
それにしても、たくさんの舟が並んでいるなあと思ったのである。
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この記事へのコメント
ワタクシも、茨城の潮来で同様の船に乗ったのを思い出します。
同じように、運河側に階段や玄関があったり、風情アリアリでした。
船の運行の都合でいったん上陸したら、、、
道路側にも玄関やクルマの駐車場があり、現実を思い知らされました。。
向こうにも生活があるので(^^)。
観光客ら良い一面だけ見るのが良いのかも。。
自分は2回乗りましたが、こんな川下りは何度乗っても良いもんですよね
ここのところ舟について無いのですが、旅先で川下りや運河めぐりなど舟観光をするのが大好きです
余談ですが、大阪城のお堀の御座船やとんぼりクルーズもやりましたよ(^_^)v
比較するのはナンセンスかも知れないですが、松江城の掘巡りより柳川の川下りの方が良いかも。
大阪城やどうとんぼりクルーズはないけど、大阪城近くの大川(旧淀川)のリバークルーズはあります。
周りの景色次第ですよね。