2024長崎・佐賀・福岡旅行記3日目その10~柿右衛門様式を学び作品を買う?~
13時31分、柿右衛門窯に来ていた。

そして、ショップ(展示場)の中に入った。柿右衛門窯の作品と現在の当主である15世柿右衛門の作品が販売されていた。

柿右衛門窯の作品は物にもよるが1万代からあったが、15世柿右衛門の作品は安くても数十万円だった。

ショップの奥から出ると酒井田柿右衛門館(柿右衛門古陶磁参考館)があったので入ることにした。

入口には重要無形文化財(人間国宝)酒井田柿右衛門館と刻まれた石碑があった。

ドアノブも柿右衛門様式に物に見える。
私たち以外に1組が鑑賞していた。

初代柿右衛門(酒井田喜三右衛門)は1596年(慶長元年)に肥前白石郷で生まれた。それから、430年弱続いて、現在は2014年(平成26年)に襲名した15世柿右衛門が当主である。
そもそも、有田焼は、この有田町とその周辺地域で製造される磁器をいう。
1616年(元和2年)、朝鮮人陶工に李参平(初代金ケ江三兵衛)らによって有田の泉山で陶石(白磁鉱)が発見されたことにより、有田で産業としての磁器の製造が始まった。
当時は伊万里港から積み出されたため、伊万里焼とも言われた。
1635年(寛永12年)頃に初代柿右衛門は有田に移住したようだ。
1640年代に初代柿右衛門が色絵(上絵付け)に成功した(陶磁器用の絵の具で釉薬の上に彩色を施す技法)。これにより、染付のみの単色の世界から多彩色となった。
そして、1650年代からオランダの東インド会社によりヨーロッパに輸出され、1670年代から1690年代には柿右衛門様式がヨーロッパで流行した。
柿右衛門様式とは、濁手(にごしで)と呼ばれる白乳色の素地に余白を残した絵画的な構図で色絵を施すスタイルである。
色々と作品を見て、奥から出た。

右手奥には15世柿右衛門の自宅があった。
親しい友人はNHKのテレビ番組で特集を見ていて、ここが自宅で中に入っていたと教えてくれた。

振り返った。左手に見えるのが酒井田柿右衛門館(柿右衛門古陶磁参考館)である。右手の建物は何かよく分からなかった。

柿右衛門窯の建物だろうが。
奥に進んだ。

こちらの木はカキである。佐賀の名木・古木と書かれていて登録番号も振られていた。

推定樹齢は200年で、所有者・管理者は酒井田柿右衛門となっていた。
それから、再び、ショップ(展示場)に入ることにした。

その前にある池である。

鯉が気持ち良さそうに泳いでいた。

そして、親しい友人はコーヒーカップのセットを購入した。柿右衛門様式らしい作品である。
自分で持って帰らずに、配送してもらうことにした。
その手続きをする間に窓側にある席に案内された。木の手入れ(剪定)も見事である。

九十九島せんべいと冷えた麦茶が提供された。
もちろん、購入したからだ。
手続を終え、せんべいも食べ終えてショップを出た。

お手洗いに行き、柿右衛門窯を後にすることにした。

電動自転車に乗った。

左手(南側)はこんな感じの道である。

右手(北側)を走った。
それにしても暑いなあと思いながらペダルを漕いでいたのである。
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そして、ショップ(展示場)の中に入った。柿右衛門窯の作品と現在の当主である15世柿右衛門の作品が販売されていた。
柿右衛門窯の作品は物にもよるが1万代からあったが、15世柿右衛門の作品は安くても数十万円だった。
ショップの奥から出ると酒井田柿右衛門館(柿右衛門古陶磁参考館)があったので入ることにした。
入口には重要無形文化財(人間国宝)酒井田柿右衛門館と刻まれた石碑があった。
ドアノブも柿右衛門様式に物に見える。
私たち以外に1組が鑑賞していた。
初代柿右衛門(酒井田喜三右衛門)は1596年(慶長元年)に肥前白石郷で生まれた。それから、430年弱続いて、現在は2014年(平成26年)に襲名した15世柿右衛門が当主である。
そもそも、有田焼は、この有田町とその周辺地域で製造される磁器をいう。
1616年(元和2年)、朝鮮人陶工に李参平(初代金ケ江三兵衛)らによって有田の泉山で陶石(白磁鉱)が発見されたことにより、有田で産業としての磁器の製造が始まった。
当時は伊万里港から積み出されたため、伊万里焼とも言われた。
1635年(寛永12年)頃に初代柿右衛門は有田に移住したようだ。
1640年代に初代柿右衛門が色絵(上絵付け)に成功した(陶磁器用の絵の具で釉薬の上に彩色を施す技法)。これにより、染付のみの単色の世界から多彩色となった。
そして、1650年代からオランダの東インド会社によりヨーロッパに輸出され、1670年代から1690年代には柿右衛門様式がヨーロッパで流行した。
柿右衛門様式とは、濁手(にごしで)と呼ばれる白乳色の素地に余白を残した絵画的な構図で色絵を施すスタイルである。
色々と作品を見て、奥から出た。
右手奥には15世柿右衛門の自宅があった。
親しい友人はNHKのテレビ番組で特集を見ていて、ここが自宅で中に入っていたと教えてくれた。
振り返った。左手に見えるのが酒井田柿右衛門館(柿右衛門古陶磁参考館)である。右手の建物は何かよく分からなかった。
柿右衛門窯の建物だろうが。
奥に進んだ。
こちらの木はカキである。佐賀の名木・古木と書かれていて登録番号も振られていた。
推定樹齢は200年で、所有者・管理者は酒井田柿右衛門となっていた。
それから、再び、ショップ(展示場)に入ることにした。
その前にある池である。
鯉が気持ち良さそうに泳いでいた。
そして、親しい友人はコーヒーカップのセットを購入した。柿右衛門様式らしい作品である。
自分で持って帰らずに、配送してもらうことにした。
その手続きをする間に窓側にある席に案内された。木の手入れ(剪定)も見事である。
九十九島せんべいと冷えた麦茶が提供された。
もちろん、購入したからだ。
手続を終え、せんべいも食べ終えてショップを出た。
お手洗いに行き、柿右衛門窯を後にすることにした。
電動自転車に乗った。
左手(南側)はこんな感じの道である。
右手(北側)を走った。
それにしても暑いなあと思いながらペダルを漕いでいたのである。
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この記事へのコメント
柿右衛門窯の公式サイトを覗き、、、
イヤラシくも値段を見てしまいました。
これは大事に使わないとですね。。
危なっかしくて、ワタクシには酒器を使う勇気はありません。
インテリアとして飾るしかないです(^^)。
それで充分ですね。