2024旭東支部遠足その9~ほつろの間で金剛蔵王大権現3体を前に懺悔する~

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14時16分、国宝で、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産になっている蔵王堂の中に入った。
残念ながら、いや、当然、中は写真撮影が禁止である。
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正面に金剛蔵王大権現が3体安置されていた。かなり大きい。6m弱あるものから7mあるものもある。3体同じ高さではないのだ。
およそ1300年前に修験道のご開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)によって感得された権現仏である。
修行の中で、苦しみの中に生きる人々をお救いいただける御本尊を賜りたいとの役行者の祈りに応えて、まず、釈迦如来、千手千眼観世音菩薩、弥勒菩薩の三仏が出て来た。
その三仏の柔和なお姿を見て、この姿のままでは荒ぶ衆生を済度しがたいと思い、さらに祈念を続けた。
すると、天地鳴動し、山上の大盤石が割れ裂けて、雷鳴と共に湧き出るが如く忿怒の形相荒々しいお姿の御仏が出て来た。
この御仏が金剛蔵王大権現で、役行者はこれぞ末法の世を生きる人々の御本尊なりと、その姿を山桜の木に刻み、お祀りしたそうだ。
なので、この3体は荒々しい顔になっているのである。
横手に進むと開祖である役行者の銅像もあった。634年(舒明6年)元旦生まれで、その名は役小角(えんのおずぬ)という。
横手にも銅像が何体か安置されていた。
さらに奥に行くと蔵王権現本地堂につながる渡り廊下があり、そのままと蔵王権現本地堂に入った。
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ここには役行者像が安置されていた。
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また、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」登録20周年記念の墨跡展というのが開催されていた。
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沢山の住職さんが出展されていた。
蔵王権現本地堂を見て、また蔵王堂に戻ってきた。
絵なども展示されていた。
そして、出口近くに心の中を打ち明け懺悔するほつろ(発露?)の間が設けられていた。
私のほつろの間に入り、金剛蔵王大権現3体の前で懺悔した。
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ほつろの間を出てきて、売店?があり。家内安全・諸願成就の如意祈攸を購入した。
そして、蔵王堂を出て来た。
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振り返って、再度、蔵王堂を見た。
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蔵王堂の横手(西側)には鐘楼があった。創建は不明で、1264年(文永元年)に落雷で焼失したという記録はある。
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脳天大神の案内板があった。その名の通り、成績だけではなく頭の病気も良くなるという神様のようだ。450段の階段を降りて行かなければならない。
ということは、ここに戻る際は450段を登らなければならない。
集合時間まで少しあるが行く気にはなれない。
その階段の方までやってきた。
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階段を降りた向こうに塔が見えた。妙法院南朝妙法殿という。こちらは南朝の四帝と忠臣たちを祀り、第二次世界大戦の戦死者と有縁無縁(うえんむえん)の霊を合祀する三重塔として 1958)年(昭和33年)に建立された。
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この通り沿いにも色々と施設があるようだ。
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階段の左横(南側)には天満宮があった。
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こちらは威徳天満宮で、天満神社ともいう。菅原道真を祭神としている、社殿は豊臣秀頼の改修によるものと云われている。
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また蔵王堂を見た。
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集合時間になり、次の目的地へと移動することになった。
さらに、奥(南側)へと進んだ。
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葛うどんのお店である。
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郵便局が見えたのである。

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