2024長野・松本旅行記3日目その8~戦国時代は武士の妻や娘が弾づくり・火縄づくりを荷っていた~
12時5分、松本城の天守2階で展示されている鉄砲蔵で火縄銃についてアレコレと見ていた。

火縄銃の機関部であるカラクリの説明書きである。

図解による説明であるが、文系の私には理解不能だった。
まあ、自分の無理解を文系のせいにしているだけで、本当は文系、理系関係ないのだろうけど。

下にカラクリが展示されていた。

火縄銃の発射法の説明書きである。火縄銃は前装銃とのことである。図解で示されている。いずれにしても、発射までは時間が掛かるということだ。
そこで、少しでも早く発射したいと考えられたのが早合という方法とのことだ。
いずれにしても、接近戦では役に立たないが、離れた場所での火力戦で有利になれば、接近戦でも有利になる。

こちらは火縄銃に関する文献である。

こちらは鉄砲頭の当世具足である。図解入りである。弾込め用のカルカを背中に付け、腰には弾入れ、肩からは点火薬を下げている。刀と火縄銃も持っているため、20㎏弱の装備になるそうだ。

外の景色を見た。南側の風景だろうか。今、どの方角にいるのか分からない。東西南北の感覚がなくなっている。

2階はこんな感じで火縄銃を始めとする様々な資料が展示されている。
点火方法の進歩の説明書きである。指火式から現代の雷管撃発式になるまでに、火縄式、火打式、雷管式と進歩してきたようだ。
下には、火縄式、火打式、ピン打式銃などの銃が展示されていた。

こちらはその中の一つ、管打式短銃である。

前装銃から後装銃への発展の説明書きである。

下には管打式銃やピン打ち銃等が展示されていた。

火縄球や燧(ひうち)石銃の欠点を解決したのが、前装式管打ち銃と呼ばれる雷管銃である。
その後、後装式管打ち銃に発展し、やがて雷管と薬莢が一つになった後装銃へと発展した。

手前は管打式銃である。

戦国期の弾づくり・火縄づくりの図解入り説明書きである。戦国期は、武士の妻や娘が鉄砲の弾づくりを荷っていた。火薬が指や顔に付き、手にも臭いが付くだろうから、武士の妻や娘からしたら嫌だったろうな。
戦国時代だから、命に係わるかもしれないので、そうは言ってられないか。
また、木綿は火持ちが良いので、品質も重要だったそうだ。
そういえば、白川郷でも鉄砲の弾づくりが盛んだったな。

弾づくり道具である。

同じく、白川郷でも見た記憶がある。そういえば、白川郷は山奥にあるので秘密裏に作るにはうってつけと説明書きに書いてあったな(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/202207article_23.html)。

変わった鉄砲が展示されていた。右は一見すると脇差しのようにも見える。

こちらは鉄砲を肩に乗せて戦場に向かう様子の絵のように見える。

「御用だ、御用だ」という時に岡っ引きが持つ十手に似ている。

一番右はかなり小さい指火式銃である。
これだけ小さいと不意を衝くのに良いのだろうが、すぐに弾が出るのかな、時間が掛かるのなら不意打ちにならないなと思いながら見ていたのである。
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火縄銃の機関部であるカラクリの説明書きである。
図解による説明であるが、文系の私には理解不能だった。
まあ、自分の無理解を文系のせいにしているだけで、本当は文系、理系関係ないのだろうけど。
下にカラクリが展示されていた。
火縄銃の発射法の説明書きである。火縄銃は前装銃とのことである。図解で示されている。いずれにしても、発射までは時間が掛かるということだ。
そこで、少しでも早く発射したいと考えられたのが早合という方法とのことだ。
いずれにしても、接近戦では役に立たないが、離れた場所での火力戦で有利になれば、接近戦でも有利になる。
こちらは火縄銃に関する文献である。
こちらは鉄砲頭の当世具足である。図解入りである。弾込め用のカルカを背中に付け、腰には弾入れ、肩からは点火薬を下げている。刀と火縄銃も持っているため、20㎏弱の装備になるそうだ。
外の景色を見た。南側の風景だろうか。今、どの方角にいるのか分からない。東西南北の感覚がなくなっている。
2階はこんな感じで火縄銃を始めとする様々な資料が展示されている。
点火方法の進歩の説明書きである。指火式から現代の雷管撃発式になるまでに、火縄式、火打式、雷管式と進歩してきたようだ。
下には、火縄式、火打式、ピン打式銃などの銃が展示されていた。
こちらはその中の一つ、管打式短銃である。
前装銃から後装銃への発展の説明書きである。
下には管打式銃やピン打ち銃等が展示されていた。
火縄球や燧(ひうち)石銃の欠点を解決したのが、前装式管打ち銃と呼ばれる雷管銃である。
その後、後装式管打ち銃に発展し、やがて雷管と薬莢が一つになった後装銃へと発展した。
手前は管打式銃である。
戦国期の弾づくり・火縄づくりの図解入り説明書きである。戦国期は、武士の妻や娘が鉄砲の弾づくりを荷っていた。火薬が指や顔に付き、手にも臭いが付くだろうから、武士の妻や娘からしたら嫌だったろうな。
戦国時代だから、命に係わるかもしれないので、そうは言ってられないか。
また、木綿は火持ちが良いので、品質も重要だったそうだ。
そういえば、白川郷でも鉄砲の弾づくりが盛んだったな。
弾づくり道具である。
同じく、白川郷でも見た記憶がある。そういえば、白川郷は山奥にあるので秘密裏に作るにはうってつけと説明書きに書いてあったな(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/202207article_23.html)。
変わった鉄砲が展示されていた。右は一見すると脇差しのようにも見える。
こちらは鉄砲を肩に乗せて戦場に向かう様子の絵のように見える。
「御用だ、御用だ」という時に岡っ引きが持つ十手に似ている。
一番右はかなり小さい指火式銃である。
これだけ小さいと不意を衝くのに良いのだろうが、すぐに弾が出るのかな、時間が掛かるのなら不意打ちにならないなと思いながら見ていたのである。
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この記事へのコメント
ずいぶん前ですが、白川郷の宿に泊まった際、
そこのご主人が火薬作りについて丁寧に説明してくれたのを思い出しました。
なんだか仙人のような雰囲気のご主人でしたが、、、
その後、知り合いらしいヒトが訪ねてきて
「今日、スピード違反で捕まった」
なんて話になったら、、、ご主人は
「〇〇センセー(地元の議員?)にお願いしなさい!」
などと言い出し、、
仙人ではなく思いっきり俗物である事がバレました。
議員にいえば揉み消せるなんて、昔ならではですね。
いや、今もそういう話はありますね。
揉み消せるのか知らんけど。
きょうびは、結局バレるからする人はいない方が多いと思います。