2024長野・松本旅行記3日目その5~国宝松本城を正面から見る~
11時2分、太鼓門桝形を越えて中に入った。

振り返って、太鼓門を見た。

進むことにした。前には櫓が見えた。昨日見た黒門である(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/505056504.html)。うん?なんであんな所にあるのだと疑問に思った。
矢印に沿って左に歩いた。
堀が見えた。アレッ、なんで?とまた不思議に思った。

昨日の夜、黒門の手前から見た光景である。
ここで悟った。太鼓門枡形に入ったことにより城郭の中に入ったと思い込んでいたのだが、まだ松本城の内堀の外にある松本城公園にいたのに過ぎなかったのである。
だから、なんかおかしいと思っていたのだ。

後で貰ったパンフレットの地図を見てもそうだ。

iPhone14でも撮ってみた。石垣の色がマチマチだ。色の統一をわざとしていなかったのだろうか。

雪山が奇麗に見えた。真ん中の一番高い山は常念岳だろうか。
黒門を越えて中に入った。こちらも太鼓門同様、枡形になっていた。
昨日見た()、黒門は二の門で別名高麗門ともいう。1989年(平成元年)に復元された。

手前の二の門を越えた所に受付があり観覧料700円を支払った。

その際、パンフレットも受け取った。
それから一の門を越えた。一の門は1960年(昭和35年)に復元された。

門の間に五月人形が飾られていた。
なぜ、こんな所に飾られているのかは分からない。
門を越えて進むと左手に松本城が見えた。

iPhone14で撮った正面からの姿である。黒塗りで奇麗である。手前の庭園は本丸御殿跡である。そこで本日は、真派青山流野外いけばな展が開催されていた。

デジカメで撮るとちょっと暗い。

フラッシュを焚いた。奇麗であるが左右対称ではない。

iPhone14でも撮ってみた。こちらの方がより綺麗かな。

せっかくなので、記念写真を撮って貰った。この写真は年賀状に使おう。汚いとはいえ、顔が映っているので本当に松本城に行ったのだなと見た人は思ってくれるだろう。
また、最近、数人に私の年賀状の写真を楽しみにしていると言ってくれる人もいる。例え、社交辞令にしても。

松本城天守の説明書きがあった。天守の高さは29.4m、乾小天守の高さは16.8m、渡櫓の高さは12.0m、辰巳附櫓の高さは14.7m、月見櫓の高さは11.1mである。
天守は5重6階とのことである。

後に見える山の説明もある。剣が峰が3,026m、常念岳が2,857mである。

もう一度、天守を見た。一番左の手前に出ている櫓が月見櫓である。その名の通り、月見をするための櫓である。
その奥が辰巳附櫓(たつみにつけやぐら)である。月見櫓と一緒に泰平の世の寛永時代に増築されたものである。
1番右が乾小天守で4階建てとなっている。1階、2階が非公開で、3階、4階は通常非公開となっている。
その奥の左にあるのが渡櫓(わたりやぐら)で大天守と乾小天守をつないでいる。
真ん中は当然、天守である。5重6階である。

入城するために矢印に沿って藤の下を移動したのである。
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振り返って、太鼓門を見た。
進むことにした。前には櫓が見えた。昨日見た黒門である(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/505056504.html)。うん?なんであんな所にあるのだと疑問に思った。
矢印に沿って左に歩いた。
堀が見えた。アレッ、なんで?とまた不思議に思った。
昨日の夜、黒門の手前から見た光景である。
ここで悟った。太鼓門枡形に入ったことにより城郭の中に入ったと思い込んでいたのだが、まだ松本城の内堀の外にある松本城公園にいたのに過ぎなかったのである。
だから、なんかおかしいと思っていたのだ。
後で貰ったパンフレットの地図を見てもそうだ。
iPhone14でも撮ってみた。石垣の色がマチマチだ。色の統一をわざとしていなかったのだろうか。
雪山が奇麗に見えた。真ん中の一番高い山は常念岳だろうか。
黒門を越えて中に入った。こちらも太鼓門同様、枡形になっていた。
昨日見た()、黒門は二の門で別名高麗門ともいう。1989年(平成元年)に復元された。
手前の二の門を越えた所に受付があり観覧料700円を支払った。
その際、パンフレットも受け取った。
それから一の門を越えた。一の門は1960年(昭和35年)に復元された。
門の間に五月人形が飾られていた。
なぜ、こんな所に飾られているのかは分からない。
門を越えて進むと左手に松本城が見えた。
iPhone14で撮った正面からの姿である。黒塗りで奇麗である。手前の庭園は本丸御殿跡である。そこで本日は、真派青山流野外いけばな展が開催されていた。
デジカメで撮るとちょっと暗い。
フラッシュを焚いた。奇麗であるが左右対称ではない。
iPhone14でも撮ってみた。こちらの方がより綺麗かな。
せっかくなので、記念写真を撮って貰った。この写真は年賀状に使おう。汚いとはいえ、顔が映っているので本当に松本城に行ったのだなと見た人は思ってくれるだろう。
また、最近、数人に私の年賀状の写真を楽しみにしていると言ってくれる人もいる。例え、社交辞令にしても。
松本城天守の説明書きがあった。天守の高さは29.4m、乾小天守の高さは16.8m、渡櫓の高さは12.0m、辰巳附櫓の高さは14.7m、月見櫓の高さは11.1mである。
天守は5重6階とのことである。
後に見える山の説明もある。剣が峰が3,026m、常念岳が2,857mである。
もう一度、天守を見た。一番左の手前に出ている櫓が月見櫓である。その名の通り、月見をするための櫓である。
その奥が辰巳附櫓(たつみにつけやぐら)である。月見櫓と一緒に泰平の世の寛永時代に増築されたものである。
1番右が乾小天守で4階建てとなっている。1階、2階が非公開で、3階、4階は通常非公開となっている。
その奥の左にあるのが渡櫓(わたりやぐら)で大天守と乾小天守をつないでいる。
真ん中は当然、天守である。5重6階である。
入城するために矢印に沿って藤の下を移動したのである。
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この記事へのコメント
確かにリッパすぎましょう。
謀反の名目に使うにはバッチリでしょう。
天守閣の説明パネルに北アルプスも併記されているあたりに、
松本の人の誇りを感じてしまいます。
先日、散髪屋さんで聞いたのですが、ある会社の社員が先祖から農地を相続して、売り払って社長が乗っている車よりええ車を買い、その車で通勤しているそうです。
昔なら左遷ですね。
松本の人はお城と北アルプスの風景がアイデンティティなのでしょうね。