2024長野・松本旅行記1日目その9~恵那スケート場の看板を見て恵那出身の大学時代の先輩を思い出す~
10時23分、特急しなのは多治見駅に到着した。
そう、多治見焼で有名な岐阜県の多治見である。
名古屋駅を出発して20分ほどで岐阜県の駅に到着するとは知らなかった。
もっとも、今回、初めて中央本線に乗るのだから、知らなくて当たり前だし、だからこそ、勝手な想像をするなとも自分で思ったりする。

10時24分、多治見駅を出発した。

多治見駅を出発して10分ほどして、ようやく、田舎ののどかな風景になった。

高速道路の工事である。などかな風景が台無しである(笑)。

川が見えた。土岐川である。恵那市の夕立山を水源とし、伊勢湾に流れる。岐阜県内では土岐川と呼ばれるが、一般的には庄内川という。
この辺りは深くないようだ。

すぐに駅が見えた。
しかし、列車が早すぎて何駅かは分からなかった。釜戸駅だろうか。

また少しして、駅を通り過ぎた。

武並駅であろうか。

恵那スケート場の看板が見えた。
そういえば、大学時代の先輩が岐阜県恵那市出身で、恵那は山の方だけれど雪は積もらないからスキー場もなく、好きはしたことがない。その代わりスケート場があるので、スケートはしていたという話を思い出した。
ああ、先輩はあのスケート場のことを言っていたのかと勝手に思い出して懐かしくなった。もう、30年くらい前の話だ。

すぐに線路が分かれた。
上りと下りで違うところを走るようだ。

あとで調べてみると中央自動車道を挟んで南北に分かれて走っている。

また合流した。

恵那駅のホームが見えた。

恵那駅を通過した。その大学時代の先輩は恵那からだと岐阜に出るよりも名古屋に出る方が近いと言っていたことも思い出した。
また、その先輩は、心は江戸っ子だ、と言っていたのに対して、よく、恵那っ子の間違いでは言っていた先輩がいてて、私たち後輩もうん、うんと頷いていたことも思い出した。
ああ、その恵那に今来ているんだ、と、さらに懐かしくなっていた。
そんな感傷を浸っている私を親しい友人は冷たく見ていた。

そんな感傷とは別に、あっという間に恵那を過ぎ去った。

すぐに山の合間から雪山が一瞬だけ見えた。
しかし、すぐ見見えなくなり、その後はあまり見えなかった。

それにしても、同じ岐阜県だが、飛騨高山に向かった高山本線とは景色が異なる。向こうは山の間を川と並走しながら走っているのに対し(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/202205article_24.html)、今回の中央本戦は今のところ、山の間を川と並走している訳ではない。

町というか、盆地というか、そういうところを走っている。
まあ、昔は多治見あたりからこの辺りも中山道だったのだろう。そういう意味では、ある程度、栄えているし、すぐ近くに山がある訳ではな
い。

いずれにしても、高山本線から見える景色とは違う。

さらに、ここから見える山もそれほど高くはない。

10時49分、中津川駅に入線した。

10時51分、中津川駅を出発したのである。
HPです。
ブログランキングに参加しています。
Facebookのいいねを押すよりも
こちらをワンクリックしてくだされば励みになります。
↓

にほんブログ村
そう、多治見焼で有名な岐阜県の多治見である。
名古屋駅を出発して20分ほどで岐阜県の駅に到着するとは知らなかった。
もっとも、今回、初めて中央本線に乗るのだから、知らなくて当たり前だし、だからこそ、勝手な想像をするなとも自分で思ったりする。
10時24分、多治見駅を出発した。
多治見駅を出発して10分ほどして、ようやく、田舎ののどかな風景になった。
高速道路の工事である。などかな風景が台無しである(笑)。
川が見えた。土岐川である。恵那市の夕立山を水源とし、伊勢湾に流れる。岐阜県内では土岐川と呼ばれるが、一般的には庄内川という。
この辺りは深くないようだ。
すぐに駅が見えた。
しかし、列車が早すぎて何駅かは分からなかった。釜戸駅だろうか。
また少しして、駅を通り過ぎた。
武並駅であろうか。
恵那スケート場の看板が見えた。
そういえば、大学時代の先輩が岐阜県恵那市出身で、恵那は山の方だけれど雪は積もらないからスキー場もなく、好きはしたことがない。その代わりスケート場があるので、スケートはしていたという話を思い出した。
ああ、先輩はあのスケート場のことを言っていたのかと勝手に思い出して懐かしくなった。もう、30年くらい前の話だ。
すぐに線路が分かれた。
上りと下りで違うところを走るようだ。
あとで調べてみると中央自動車道を挟んで南北に分かれて走っている。
また合流した。
恵那駅のホームが見えた。
恵那駅を通過した。その大学時代の先輩は恵那からだと岐阜に出るよりも名古屋に出る方が近いと言っていたことも思い出した。
また、その先輩は、心は江戸っ子だ、と言っていたのに対して、よく、恵那っ子の間違いでは言っていた先輩がいてて、私たち後輩もうん、うんと頷いていたことも思い出した。
ああ、その恵那に今来ているんだ、と、さらに懐かしくなっていた。
そんな感傷を浸っている私を親しい友人は冷たく見ていた。
そんな感傷とは別に、あっという間に恵那を過ぎ去った。
すぐに山の合間から雪山が一瞬だけ見えた。
しかし、すぐ見見えなくなり、その後はあまり見えなかった。
それにしても、同じ岐阜県だが、飛騨高山に向かった高山本線とは景色が異なる。向こうは山の間を川と並走しながら走っているのに対し(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/202205article_24.html)、今回の中央本戦は今のところ、山の間を川と並走している訳ではない。
町というか、盆地というか、そういうところを走っている。
まあ、昔は多治見あたりからこの辺りも中山道だったのだろう。そういう意味では、ある程度、栄えているし、すぐ近くに山がある訳ではな
い。
いずれにしても、高山本線から見える景色とは違う。
さらに、ここから見える山もそれほど高くはない。
10時49分、中津川駅に入線した。
10時51分、中津川駅を出発したのである。
HPです。
ブログランキングに参加しています。
Facebookのいいねを押すよりも
こちらをワンクリックしてくだされば励みになります。
↓
にほんブログ村
この記事へのコメント