2024金沢旅行記2日目その9~武家屋敷の長屋門を十分満喫する~

11時14分、旧加賀藩士高田家跡の長屋門(武家屋敷に特徴的な細長い長屋の門)を見学していた。
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厩の左手の方を見た。
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馬の世話をする奉公人たちという説明図である。主人の乗る馬の世話をするのも仲間(ちゅうげん)の仕事で、この高田家には2頭の馬を飼っていたと思われている。馬の身体が鈍らないよう朝は屋敷の周囲を歩かせたとのことだ。犬の散歩、もとい、馬の散歩である。
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平士の組織の説明図である。藩主がいて、その下に人持組頭(加賀八家)がある。さらにその下に人持組がいて、平士、与力、御歩(おかち)、足軽、御小者・御仲間・御陸尺と続いている。
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一通り見て出て来た。
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せっかくだから、長屋門から外に出てみることにした。
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そしてまた、大野庄用水川沿いを南に歩いた。
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趣のある家もある。
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見学できそうな武家屋敷があったので入っていることにした。
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お手洗いもあるのでここで済まそうとなった。
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よく見ると武家屋敷ではなく、長町武家屋敷休憩館であった。
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中に入ると地図があったので取った。
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また、兜が展示されていた。昨年のゴールディンウィークの富山旅行の際に富山城で前田家の長い兜が展示されていたのを思い出し(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/500548598.html)、興味深く見ているとボランティアガイドの方から「前田利家公の兜です」と説明があった。
思わず、「富山で見た前田家の兜はもっと長かったんです」と返した。
また、「これからどこを回られるのですか」と聞かれ、「この武家屋敷界隈を回って、お昼ご飯を食べてから、昨日兼六園しか回れなかったので金沢城跡に行きます。共通券を買っていたので。それから大阪に帰ります」と答えると「今日お帰りですか、残念です」と返された。まあ、1日でも多くいて貰える方が観光都市には良いのだろう。
お手洗いを済ませて出て来た。
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四つ角の所の右手に長屋門がまた見えた。
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見に行ってみることにした。
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多分、右手の方の隙間から仲間が来客者の人相や様子を探っていたのだろう。
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こちらは加賀藩直臣、禄高300石の天野家のものであった。
仲間や小物などの武家奉公人が住み、長屋と厩と門が一体となることで、仲間たちの仕事の合理化が図られたのだろう。
左右の脇いずれかに潜戸を付け、その傍に武者窓(仲間たちが来客者の人相や様子を探るための窓)があるのが普通だ。
このような長屋門は今では極めて少なくなったとのことだ。
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地図を見ると坂口邸長屋門となっている。天野家がその後に移転し、坂口さんが長屋門を含めて購入したのだろうか。
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また四つ角に戻ってきた。
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先ほどの長屋門の裏側が右奥に見えた。左はカフェである。長屋門からカフェまで大きな敷石がある。昔はここが玄関だったのだろう。
もっとも、喉は乾いていないのでカフェに入らずに観光だ。
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その前に武家屋敷跡の看板が見えたので、道路を渡った。
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「加賀藩千二百万石もあるのか」と親しい友人に言うと「よく見ろ、1200石武家屋敷跡野村家と書いてあるやろ、加賀藩は百万石や」と返されたのである。

行政書士中村裕司法務事務所HP


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この記事へのコメント

2024年06月08日 09:21
こんにちは。

会社組織に当てはめたら、、
平士までが、本社の正社員という感じなのでしょうかね。
それ以下は、子会社社員だったりパートさんだったり。。
当時の社員(?)達も、たまには高いソバを喰いながら
グチりあったのかもしれませんですね。。
中村裕司
2024年06月08日 11:03
足軽なら、
4月から参勤交代で江戸やねん、4月から仕事が楽になるわ〜、
おまえ、ええな〜。羨ましいな。
となるのでしょうが、
平士なら
4月から参勤交代で江戸やねん、俺が実務せなあかんねん
となるのかな。

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