国宝三十三間堂その2~1001体の千寿観音立像は見応えがある~
15時4分、国宝三十三間堂の庭園の南端の方に来ていた。
紅葉が奇麗だ。
そのため、みんな写真に撮っている。
南側にある南大門とそれに続くこの塀は太閤塀といい、重要文化財でもある。
高さ5.2m、桁行92m(二十九間)の建造物で、「天正十六年八月大ふつ殿瓦」のヘラ書きがある瓦もあるそうだ。
太閤塀の記念碑である。
それにしても、奇麗な紅葉だ。
本堂の南端である。
このエッジが良いね。
稲荷社があった。
鳥居には久勢大明神と書かれている。
ということで、私も拝むことにした。
しかし、問題は5円玉があるかである。幸い、財布の中を見ると1枚だけあった。
元お坊さんの同業者の方がいつでもお参りが出来るように財布の中にはいつも5円玉を入れておきましょうと言われていたことを思い出した。
それから、北に向かって歩いた。
右手に三十三間堂が見える。
この辺りから通し矢(本堂西側の軒下(長さ約121m)を南から北に矢を射通す弓術)を行うのであろうか。
向うに見える近代的な建物は、後で分かったのだがお土産のエリアである。
石碑があった。何と書いているのか読めなかった。
その北側にも石碑があったが何と書いてあるのか読めなかった。
振り返って、北西側から南東側に本堂を見た。
こちらは西門である。
もっとも、現在はこちらから入場することはできない。奥に壁がある。
1周して本堂の入口に戻ってきた。
靴を脱いで、中に入って、見学することにした。
この先からは写真撮影禁止だ。
左手に曲がってから、左に曲がって、時計回りに見学することになる。
中に入って驚いたのは仏像がたくさんあったからだ。もちろん、仏像の顔はそれぞれ異なる。
本堂には1001体の千手観音立像が鎮座されている。

最初に風神像が鎮座されていた。迫力があった。

この風神像と後で出てくる雷神像も国宝である。
いや、この後、南側に歩くのだが、国宝の二十八部衆像が1体ずつ並んでいて圧巻だった。
また、浄財と書かれた箱が置かれていたが、財布には5円玉が残っていなかった。ああ、先ほどの同業者の方が言う通り5円玉はいつも落ち歩かないといけないが、1枚だけでは足りないなとも思った。

中央まで行くとご本尊の千手観音坐像が安置されていた。この千手観音坐像は像高355cm、桧財の寄木造りで玉眼には水晶材が嵌め込まれている。鎌倉期の再建時に、大仏師の湛慶(たんけい)が同族の弟子を率いて完成させたとのこと。
らにみ、南へと移動した。

南の端の方には雷神像が鎮座されていた。

この雷神像については膝を負った姿勢で像を見上げると天井の垂木が「いなずま」のように見えて像の迫力が増すとのことだ。
外国人の方も膝を折った姿勢で見上げていた。
私も膝を折った姿勢で見上げてみたが、あんまりよく分からなかった。
南端まで行ってから西に曲がった。それから北に曲がった。
要は時計回りに堂内を1週することになった。
反対側には、ここから通し矢を行いますという掲示があった。
中央の千手観音坐像の裏手にも千手観音立像が鎮座されていた。
最後に、お土産屋さんを通って出てきた。
中々見応えがあったなあと思いながら出口にやってきた。
松?イチョウ?が見事だなあと思いながら、京都国立博物館へと向かったのである。
HPです。
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