2023出雲旅行記1日目その6~備中高梁も観光をしてみたい町である~
11時35分、特急やくも9号は高梁川沿いを北上していた。
曲がり角から町が見えた。たくさんの住宅がある。
これは家か作業場だろうか。
町中にやってきた感じだ。
特急やくものスピードが落ちてホームに入線した。
11時39分、備中高梁駅に停車した。ここで、少し人の乗降があった。
駅前には高梁市立図書館がある。
11時40分、備中高梁市を出発した。
それにしても、この辺りは川沿いの町の中でも栄えている感じがする。それもそのはずで、古来から備中国の中核で、江戸幕府開幕前には天領(幕府直轄地)となっていた。
その後は備中松山藩として繁栄した。やはり、これは高梁川の水量の豊富さによるものなのだろう。
また、この近くの山には現存十二天守の一つである備中松山城がある。
もっとも、藩主は、池田家、水谷家、安藤家、石川家、とコロコロ変わっている。
そして、板倉家が藩主になってから8代続いて廃藩置県となった。
昔なら跡継ぎができないという意味で縁起の悪い藩になるのかな。
それはともかく、繁栄をしていたので、城下町や武家屋敷が残っているようで小京都の一つでもある。
そう思うと、こちらで降りて観光をしてみたい。どこの町に泊まるんやという気もするが。
ところで、ここ高梁市では、たかはし姓は、「高橋」が多いのだろうか、それとも、「高梁」が多いのだろうか。いや、「髙(はしごだか)橋」が一番多いのか。そんな、どうでも良いことを考えていた。
昨夏の山陰旅行のときに、ひょっとして甲子園に出たことのある私立の高校かなと間違えた学校が見えた()。
高梁市立高梁北中学校である。
立派な校舎なんだからしっかりと勉強しろよと私に子供がいて、こちらに通っていたら言ってしまいそうだ(笑)。
いや、施設を利用した方が良いのか。それなら、勉強よりもクラブ活動が大切か。
11時48分、備中川面駅を通り過ぎた。昨夏の山陰旅行では1時間早い特急やくも7号に乗っていて10時48分に通り過ぎている。日本の鉄道は正確だなと思った。
鉄道に供給する電力源だろうか。
また田舎の景色になった。
ところで、前の人は何を食べたのだろうか。めっちゃ、お弁当の袋が目に付く。
それはさておき、高梁川は一瞬、逆方向に向かって流れているように見えた。
はげ山は言い過ぎだが一部倒木によってか斜面が剝き出しの山が見えた。
この辺りは川幅が狭いようだ。
このように、とにかく高梁川はたくさん蛇行している。
少しして、方谷駅を通過した際に交換用の線路が置かれているのが見えた。昨夏の山陰旅行でも見た(https://gyo-nakamura.seesaa.net/article/202209article_16.html)。まだ終わっていないのかと一瞬思った。
いや、まだ終わっていないというよりもここで交換用の線路の組み立てをしているのではないだろうか。
あのショベル系掘削機を用いて線路を組み立てているのであろうか。
うん?あのアタッチメントは見たことがないな。そう思いながら車窓を見ていた。
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